パラレル short

□君が遺した道しるべ
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*シリアスですが愛はあります。


『貴方に伝えたいことがある

まだ見た事の無い記憶の中の貴方に

だから僕は歌い、ここで貴方を待っている

脆い命を燃やしながら

それでも懸命に叫びながら

どうしてもこの卑小な存在に気付いてほしくて

だから僕は歌い、ここで貴方を待っている

あなたにこの歌が届くまで』





焼けつくような痛みを訴える咳き込む喉の奥、血混じりの痰をからませながらそれでもエレンは暗い裸電球の下、机に向け薄い藁半紙に文字を書く。時折吹く冬の隙間風が痩せた体の体温を奪ってゆくがそれでもエレンは短い鉛筆を離さない。笑みを浮かべ、書き上げた紙を両手で大事そうに持ちまじまじと歌詞の出来栄えを確認する。途中何か所かを書き直しようやく満足したのか鉛筆を置き長い息を吐いた。しもやけに痒む足を擦り立ち上がり部屋の隅に置かれたボロボロの布の鞄に書いた紙を詰め薄っぺらい毛布にくるまり今日一日を終える事にする。
外界と繋がる鉄格子の向こう激しい雪鳴りが聞こえる。春になればせめて鳥の囀り一つ聞けるのにでもそれはきっともう聞くことは無い。自分の命が残り少ないことをエレンは知っている。さっきからせり上がる痰が痒いが吐き出したところで吐血を伴うので飲み込むことに専念する。
(15年生きてきたけど、いよいよだめみてぇだな)
エレンは先ほど書いた紙を詰めた鞄を見た
(もっともっと書きたかったけど。書いて歌にしてあの人に聞いてほしかったけど、もう無理なのかな)
エレンには忘れられない記憶がある。全てを覚えている訳ではないがまるで夢のような設定の話だが恐ろしい巨人が蔓延る世界で自分が兵士として戦い、多くの仲間を失いながらそれでも人類の未来を勝ち取るという血生臭い世界の記憶だ。それが確かな記憶なのか、それとも本当に夢なのかは確かめようがないがどうしても一つ諦められない事がある。それは記憶の中のある人物に会うこと。
(…前世か俺の妄想か。会える以前にその人が存在してるのかもわからないけど…でも。俺は会いたい)
吐く息が空気中に白く濁り音もなく上へ昇ってゆく。まるで自分の魂が天に飲み込まれるようでエレンは苦笑いを浮かべ、目を閉じた。思い出される記憶の最後、いつも冷静なあの人が俺を抱き寄せ何か喚いている光景だ。赤く染まった視界の中眠る俺を引き止めるように強く握りしめられた手。それが嬉しくて最後の時、俺は幸福に満ちていた。そして言った

必ず貴方に会いに行きます、貴方を探します、貴方を待っています
だから泣かないでください
だから貴方も俺を探してください
それまでしっかり生きて、貴方の寿命を全うしてください。

ありきたりな言葉ではあるが残酷な言葉でもあったとエレンは思う。あの時の自分にはそれしか言えなかった。満足に満ちた自分よりも残される彼が心残りで仕方がない、だから最後の言葉を付け加えた。そして彼の返事を聞く前に意識は闇の中に手放した。

(…あの人、俺がいないと案外ダメだったからなぁ)
クスリと笑み一つこぼしエレンは目を閉じる。明日もあの人に歌になる歌詞を書こう。この体が言う事を聞いてくれるまでは思いを形に変えあの人に届けよう。
きっと今も俺を探しているであろう、あの人に。いつか会える事を夢見て。
(…リヴァイ兵長…)





「気分はどうだリヴァイ」
冷たい鉄格子の向こうに食事を載せたトレイを立つ男を一睨しリヴァイは口をつぐんだ。地下の湿った空気が肺を冷やし体温を奪ってゆく。
「二日間監禁されてようやく落ち着いたか?」
「…」
「食事もとってないらしいがどうした。体調でも悪いか」
「黙れ…俺の勝手だろう」
「ようやく口をきいたな」
「…」
「いい加減、荒れるのも止めにしないかリヴァイ」
重い金属音を響かせてその男はリヴァイのいる独房に入ってくる。部屋の隅に足を抱え座り込むリヴァイの前にトレイを置き顔をあ
瞬間食器に盛られた夕食がトレイごと飛んできて男はそれを間一髪で避けた。リヴァイが足でトレイを蹴り上げたのだ。さすがに男も険しい顔でリヴァイを見下ろす。しかしガタイがいいその男でもリヴァイは物怖じせず変わらずこちらを睨み続けている。
「何が気に入らない。何を当り散らしている」
「全部だ。お前含めてこの世の全てが勘に障る」
「ほぅ随分見境のない怒りだな」
「お前なんかにはわかんねぇだろうなエルヴィン」
「何をだ」
「生きる事の虚しさをだ」
「思想家にでもなったつもりか」
「お前は生きているのが楽しいんだろうなぁ?何不自由ない環境で用意されたレールの上を歩き這いつくばる地下街の廃人どもを人間とも思わねぇでお前らお偉いエリート職に就く貴族がこの世を回していると思ってやがる。ガキの頃から掃き溜めを走り回って媚び諂いながらその日一日の糧を得るのに命をかけなきゃなんねぇ俺ら下種の人間の、何も理解出来ねぇだろう」
「…」
表情が増々険しくなるエルヴィンとは対照的にリヴァイは勝ち誇ったような相手をバカにするような嫌な笑みをたたえ数分の睨み合いが続く。怒りを堪えるようにエルヴィンがかぶりを振った後独房に置かれた簡素な椅子にドカリと腰を下ろしリヴァイを見据えた。
「言え。聞いてやる」
「は…聞いたところでどうする。金でも恵んでくれんのか」
「そうするかは私が決める事だ。精々憐れみをかけられるよう悲痛な話を聞かせてくれ」
「それがお前らの本心だろう?憐れみにかこつけ偽善心を買いそれで満足している。今日一日を人助けで終わらせればそれだけで寝つきも良くなるだろうな」
「リヴァイ、お前は夢を見るか」
「こんなゴロツキの俺に未来への希望でも聞いてんのか?」
「記憶のような夢…もしくは夢のような記憶だ。恐ろしい世界でも人類の未来のため命を投げ打ってまで戦った遠い過去の映像だ。お前は何百人もの部下を持つ兵士長だった。腹心の仲間が死ぬ光景も思い出されるか」
「っ…お前、何を知っている。まさか同じ夢を見るのか?」
「夢、か。そうか、お前にとってはそれは夢なんだな。…同じ夢ではない。お前の見る記憶はお前自身の記憶だ。その記憶の中、特に覚えている人物が一人いるだろう。忘れようとも忘れられないのが一人。15歳の青年だ、ここまで言えばわかるな」
「…」
「その青年に何を言われた。彼が死ぬ前にお前に残した最後の言葉は何だ。それがこの結果か?転生を繰りかえすとこうも人の品質は変わってしまうものだな」
「そいつが何をしてくれるというんだ?」
「…“何を”とはどういう事だ」
「そいつが食い物の一つでも俺に与えてくれたか?温かい場所を提供してくれたか?“生きろ”という言葉だけで人間生きていけると思うかエルヴィン」
「…」
「転生を繰り返すといったな。ああそうだ、俺は記憶を持っている、何回も何回も生まれてはあいつを必死に探してそれでも会えずに死んでいく記憶だ。こことは違う国や無法地帯で人より丈夫な体頼りに足掻いてそれでも一度もあいつに出会えずに地に這いつくばりながら情けなく一人のたれ死んでいった。生きてさえいれば、運が良ければあいつに会えるという“夢”を持ってな。無駄に長げぇ寿命を全うする最後の瞬間まで過去の俺はそれだけを望んで果てたよ。だが何十回とそれを繰り返すうちにそれにも疲れた。お前には到底わからんだろうな存在するのかも怪しい目的を盲信して繰り返し生きていく虚しさは。しかも今回は何が悪かったか懐かしい地下のスラム街なんかに生まれついちまった。必死こいて地上に出る為にまともに働いた事もあったがそれも一昨日、お前ら警官隊に無実の罪でここに投獄されるまでだ」
「私の仲間からの接触は確かに良くなかったのは聞いている。だがお前もその二人を半殺しにしたろう、それがなければ2日間もここで夜を明かすこともなかったはずだ」
「そうだったな、だがそこはどうでもいい。俺が言ってるのはなエルヴィン、自分の信じていたものがいかにでけぇ虚像だったかという事だ。いつか会える、いつか見つけられる、いつか俺を探しに来てくれる、いつか、いつか。その『いつか』のために俺はこんな目にあってまで生きなきゃなんねぇのか?のたれ死んでまであいつを待たなきゃなんねぇのか?その日一日を生きる為に死にそうになってる俺にあいつは何をしてくれる。助けてくれるわけでもなければ綺麗事だけで腹一杯になりもしねぇ、生きてりゃそれなりに違う生き方も出来たろうがそれを捨ててまで俺はあいつに会う価値があるのか?どこかの宗教の神みてぇに願っても祈っても現実何もかわらねぇのにあいつを信じて俺はどうにかなるのか?そもそもあいつは本当にこの世に存在してんのか?そんな虚像を追いかけて生きてくことに、俺は疲れた。だから気に入らねぇんだ、てめぇみてぇに温室育ちの頭の湧いた人間が。綺麗事だけで生きて行けと人に責任もなく言えるような輩を見ると無性に腹が立ってくんだよ」
「…」
怒声雑じりの声は狭い独房の中余韻を引きよく響いた。いつの間にか鋭い表情に変わったリヴァイの視線を受けエルヴィンは無表情にリヴァイの言葉が尽きるのを待つ。
「どうした、何か言えよ?それとも憐れんで何も言えねぇか?俺を解き伏す言葉が見つからねぇでベソでもかいてやがんのか」
「…いや。そうか…そうだな…何十回と繰り返したお前には、長すぎたのかもしれないな…あの時のお前の意志が折れるのも無理はない事かもしれん…だがそれは、私には関係の無い事だ」
「あ?」
「お前がどういう人生を歩んできたか私に説明したところで理解は出来ても共感は出来ないだろう。私の知らない苦悩をお前は背負ってきたのだからな。だがそれはお前も同じだリヴァイ。お前の知らない世界の裏でお前の知らない苦労を負った者もいる」
「…」
重い腰をあげエルヴィンは立ち上がる。立派な制服の上着の胸ポケットから取り出した物を投げつけるようにリヴァイに寄越した。それは文庫本サイズの薄い詩集だった。
「リヴァイ、先ほどの言葉は訂正しよう。過去のお前の品質も本質も今のお前は全て変わってはいない、だらかこそお前はこうも嘆いているのだろう。信じていた物を否定するほどさ迷い続け自身をすり減らしてしまったのだろうからな、お前が今まで送ってきた記憶を全て否定するならそれもいい。結局のところそれはお前の人生だ。新しく自分を作り上げたいならそうしろ。だが、それはこれを読んでから決めても遅くは無い。転生を繰り返し現状に思い悩むのがお前だけだと思うな。生きる事を選択すればそれなりに苦悩や苦労に突き当たる、お前も、これを書いた彼も…そして私もだ」
それを言い残しエルヴィンは独房から出てった。残されたリヴァイはその背中が見えなくなるまでエルヴィンを睨み視線を下に置かれた詩集へ向けた。自費出版ものか安っぽい表紙で題名は外国語で書かれていて読めない。しばらくゴミを見るような目で動かずにいたリヴァイだったが舌打ちを一つし詩集に手を伸ばした。パラパラとページを捲り取りあえず読みやすそうな一番短い詩を探す。詩の横には手書きで自国語の訳が書かれており何とか内容は理解出来そうだった。
(まさかエルヴィンが訳を書いたのか)
怪訝な顔でリヴァイは途中の短い詩から読み始める。外界と繋がる鉄格子から冬の歩みを告げる木枯らしが吹き入ってきた。
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