HTF家の事情

□ポップ・ロック・デイ
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スタジオから大分離れたところで僕らの追いかけっこは終わった。

ある部屋の前でフレイキーが急に立ち止まったからだ。
ちょっとやりすぎたかと思い顔を覗き込むと、フレイキーは目を閉じて何かにうっとりと聴き入っていた。

「きれい……」

その音はすぐに僕の耳にも飛び込んできた。
それは優しく、溶けるようなピアノの旋律。「……人はあんまり綺麗なものを見たり聴いたりすると、悲しくなっちゃうものなのよ」、と、いつかの母さんの言葉を思い出す。その通りだった。

フレイキーが隣で呟いた。
「"亡き王女のためのパヴァーヌ"……」
「なんだって?」
「母さんが好きだった曲……父さんも、たまにCDなんかで聴いてる」

へえ、と、僕は言いながら、ゆっくり部屋のドアへと近づいていった。

「だ、だめだよ」
「平気だよ。どんな人が弾いてるか、ちょっと覗くだけ」
「カド兄ってば……」

白い光の筋が延びるドアの隙間から、部屋の中が見渡せる。
大きくて、装飾品みたいに光っている黒いグランドピアノ。弾いているのは見覚えのあるひとだった。

「モールさん?」
「えっ」
フレイキーが小声で驚く。

モールさんは父さんの秘書だ。話したことはないけど、僕やスニフが挨拶すると優しく微笑みかけてくれる。

いつもは白杖を携えてサングラスをしているから、目の見えないひとだというのは分かっている。どうやって弾いているんだ?テレビで盲目のピアニストの話を見たことがある。モールさんもピアノが好きで、昔から練習しているとか?

にしても……
改めて見ると、すごく綺麗な人だと思った。
伏せられた目の上のまつ毛は驚くほど長いし、肌の白さときたら陶器の人形みたいだ。
サングラスをしていない切れ長の瞳は光の加減のせいか紫に輝いて、美しすぎるあまり、僕は鼓動が速まるのを抑えられない。


「……?カド兄、なんではあはあしてるの?頭痛い?」
「う、うるさい」

たしなめながらもモールさんから目が離せない。
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