紅薔薇U
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なぜ、あの0区よりも狭い、この狭い世界でみんな神経をすり減らしているのだろう。
相手の顔色をうかがって、取り繕った笑みを浮かべ、条件反射のように言葉に賞賛や賛同する。
彼女たちの本当の言葉はどこにいってしまったのだろう。
こんな偽りの世界が、0区よりもいいだなんて、未だに遥には思えなかった。
そんなつくられた繰り返される日常を、遥は冷めた目で見ていた。
間違ってもその中に混ざろうとは思わなかった。
そんな、この社会でのイレギュラーな存在はやはり浮いてしまうし、反感のようなものも迷惑なことに買ってしまう。
別に私はあなたたちの邪魔なんてしていないじゃないか。
それでも彼女たちにとって私みたいな存在は、その存在だけで彼女たちのことを否定しているらしく、嫌がらせ、いやいわゆるいじめというのが始まった。
それははっきり言って取るに足らないものだった。
最初はまだマシだった。
1年生で最初のテストで満点学年1位をとり、賞賛の目を向けられさえもした。
しかしすぐに飛び級が決まり、2つ年の離れた人たちと机を並べるようになってから、それも特進クラスというトップクラスだったので、周囲からの風当たりは一層強かった。
飛び級に関しては、早く卒業できるから自分にとって何の問題もなかった。
しかし中でも学校一の成績と美貌と親の地位をもった生徒会長を務める才色兼備と憧れられる彼女の成績を抜くと、それが合図のようにいじめがスタートした。
彼女、有栖川 美玲を筆頭に。
彼女の名前を知ったのは学校一有名だったのもあるが、一番はテストの張り出された紙だった。
その紙のおかげで、校内は瞬く間に噂になり彼女の機嫌を損ねるには充分すぎた。
彼女の素晴らしい名前の上にのる、“遥”というたった一文字の名前。
一文字だけでもそのインパクトはほかの人から見れば大きいようだった。
「美玲先輩、順位落ちたんだって」
「えーうそー!?それって初めてじゃない?」
「誰?1位になったのは!」
「ほら、あの飛び級した0区の‥‥」
「静かにっ、美玲さんがくる」
彼女のプライドは見事に傷つけられた。
そんな気もなかった私に。
まぁ、少しだけ想像して、仕方ないのかもとは思った。
それで彼女の気が済むのなら好きにすればいいと思った。
そんなことで私の成績は落ちない。
むしろ見事に上がっていった。
これには理事長も期待以上だったようで、目にかけられることが多くなったのも、有栖川 美玲のカンに触ったらしい。
いじめはどんどんエスカレートしていった。
雨の日はたいてい制服がぐちゃぐちゃになったし、クラスのものがなくなった時はたいてい私の机から出てきた。
体育着も破かれていたし、教科書だって何度も買い換えた。
罵倒と暴力は日常。
それでも動じない私に、有栖川 美玲はますます気に入らない様子だった。
少しでも傷ついたフリでもすれば少しは収まったかもしれない。
でも私にはそんなことできなかった。
有栖川 美玲の勝ち誇った顔を見てしまったら、殺してしまうかもしれないと思ったからだ。
そんなことに時間をさくなら、勉強に専念して私を抜けばいいのにと思ったけれど問題はそういうことじゃないのだ。
全校みんな、有栖川 美玲という女王様の言いなり。
それは見ていて少し清々しさも感じる。
本気で崇拝している人もいれば、自分がターゲットにならないようにと媚を売る人、有栖川 美玲というブランドとつるむことに優越感を覚える人。
その3種類の人間しか、ここにはいなかった。
くだらない。
生物も多様性を失えば、滅びる末路が待っている。
でもすべてをわかりきった理事長は言うのだ。
「この景色は嫌いじゃない」と。
なんて悪趣味なんだ。
手に入れるものすべて手に入れた人間は、こんなくだらないゲームを始めるのか。
きっと有栖川 美玲もそちら側の人間になるのだろう。
彼女が可哀想に思えてきた。
対等な人は誰もいなくて、本音を言ってくれる人が1人もいないんだから。
私のいじめについて、理事長は知っているだろうが何も言わない。
ただ買い換えるお金を無言で渡す。
私もそれを無言で受け取った。
こんなことも1年我慢すればいい。
たった1年。
最初は、0区の人間だからずるをしたに違いない。
と言われてきた。
しかし、それもテストの回数を重ねるとズルなんかではないと周囲は認めざるを得ない。
妨害されて、テストの点数が公式に認められなくなった時もあったが、その後に理科研究やら数学オリンピックやらで賞をとったりして、理事長の機嫌をとった。
全校の前で表彰されるのは迷惑だったけれど。
そのおかげでまたいじめはヒートアップする。
一体、彼女たちは何を守ろうとしているのだろうか。
そこまでして、何を?
遥にはやっぱり理解不能だった。
ただ一つ、もし万が一卒業後、学校以外で会ったのなら容赦はしないと誓った。
学校以外で私の足を引っ張るようなものなら、社会的に再生不能にしてやろう、と思った。
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