Short story

□微妙な距離感。
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「ナナー? もう体育館の鍵閉めるで?」



体育館の出入り口から、今吉先輩の声が聞こえた。

それから、ジャラ…とした鍵の音。


私は、ボールを磨いていた手を止める。


「わかりました! 今出ます!」






「ナナ、またボール磨いとったん?」


体育館から出た私を見た途端、先輩が聞く。


「マネージャーがこないな時間まで残らなくてもええんに……」


「私がやりたいだけなので、大丈夫です。

 というか、それより……



 ナナって呼ぶのやめてもらえませんか?」


私がジト目を向けると、先輩はいじけたように目をそらして、体育館の鍵を閉めた。


カチャンと音が響く。



「ええやんけ、ふたりでおる時ぐらい。


 ナナこそ、ワシんこと翔くんって呼んでくれへんの?」



先輩がそんなことを言うのは、一応私達は幼馴染だから。

小学生の頃なんかは、そう呼んでた。


とは言っても、元々私の方が年下だし、

中学も学区の関係で別々だったから、高校で久しぶりに再開したって感じで。



それで、今更、そう呼ぶのは……なんかね。


もう、私達は先輩と後輩だし。


それに……



「なんや、恥ずかしいん?」



「なっ」


再び目が合った先輩は、明らかにニヤついていた。


「こ、心っ、読まないでください!」


「別にええやろ。

 それに、小さい頃からナナは特別わかりやすいんや」


「私を単純な子みたいに言わないでくださいぃ……」


「ほんまんことやろ。



 ……ほんで、結局呼んでくれへんの?」



嫌と言おうものなら、嫌の「い」で止められそうな雰囲気の、

黒い笑顔な先輩。




……ずるいよ、もう。






「しょ、翔くん……の、アホぉ……っ」


久しぶりに呼んだ「翔くん」は、思ったよりも不器用に、狭い廊下に響いた。









微妙な距離感。

(焦れったいのに、縮めるのは怖いんだ)





*fin*

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