氷帝学園中等部

□進路指導
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将来の夢?

そんなのまだわかんない





*-*-*-*

進路指導

*-*-*-*





『なんや自分。まだ書けとらんやないか?』


前の席の丸眼鏡が振り返って私の机を覗き込む。

そこには、白紙の進路希望の用紙。


「だって〜〜」

『早よ書いてまわんと。もうすぐ自分の番やで』


大きく自習と書かれた黒板。

順番に進路指導室に向かうクラスメイト。

今日は担任の先生との進路相談の日。



なのに…

1ヶ月以上も前に渡された進路希望の紙に、私はまだ何も書けないでいる…。



「将来やりたいことなんていっぱいあり過ぎて…。何が本当になりたい仕事なのかなんて、まだわかんないよ…」

『せやけど、学部決めるだけやしそない悩むことあらへんやん。どおせ自分、このまま氷帝の大学進むんやろ?』

「多すぎて余計悩むのよ…」


大学までエスカレーター式の氷帝学園。

どこぞの俺様おぼっちゃまん様のお家の寄付のお陰で、ここ5.6年で学園の設備だけじゃなく、大学の学部もかなり増えた。

行きたい学部のない人は他の大学を受験していたけれど、今ではほぼ全員がそのまま氷帝の大学部に進んでいる。



なかなか埋められない枠とにらめっこしてみるけど、やっぱり迷ってしまう。


「侑士は?医学部だよね?お父さんの病院継ぐんでしょ?」
『せやな〜』
「いいなぁ…自分の将来がはっきり見えてて…」
『昔から決まっとったことやしな。せやけど、まだ何処の大学行くかは迷っとるんや』
「え…?」


予想もしてなかった言葉に、驚いて顔を上げる。


『家継ぐ前に、もういっぺん大阪で暮らしてみたいしなぁ。向こうの大学も考えてんねん』

いつもの低い声で、いつもの色っぽい笑みで、まるで他人のことみたいに淡々と話す侑士…。

差し出された紙には、“氷帝学園大学部”の文字に並んで、私の知らない大学の名前…。


中等部から高等部に進んだ時と同じで、侑士もまたこの学園で進学するとばかり思ってた…。



なのに……

来年からは侑士と一緒の学校に通えなくなる……?


会えなくなっちゃうの…?

今みたいに…話すことも出来なくなっちゃうの…?


胸がズキズキと痛む…



侑士がいない未来なんて欲しくないよ…。



「もう、いいや…」


握りしめていたペンを乱暴に放って、机に突っ伏す。


『なんや?寝るんか?早よ書かんと叱られるで?』


どうだっていい…


「じゃあ、侑士書いといて…」
『は?俺が決めてもいいんか?』
「私が行けそうな学部適当に書いてよ…」
『ったく、しゃーないなぁ…』


暗い腕の中で、私の身体と机に挟まれていた紙がすっと抜かれるのが見えた。
開けておいたら勝手に涙が出て来ちゃいそうで、瞼をぎゅっと閉じる…。


中学から一緒で…
高校も一緒で…
これからもずっと一緒だって思ってた。

侑士がいるのが当たり前だと思ってたのに…。


瞼の裏に浮かんでくる
淡々と話をする侑士の顔…


侑士は私と離れることなんて
ちっとも寂しくないんだ…

そう思ったら余計に胸が苦しくなって
じわりと瞼から涙が溢れた。




騒がしい教室…

薄れていく意識の中で

侑士が甘く何か囁いた気がした……









先「こらっ!!!

桜井!起きろ!!!」


バシン!!と、いきなり頭に感じた痛みに飛び起きる。


「ぎゃっ!!?」


急に目の前に現れた担任の顔に驚いて、勢いで思わず席を立てば、今度は後ろでガタンッと椅子の倒れる音が響いた。



先「まったく…。お前の番になってもなかなか来ないと思ったら…」


「す、すみません……」


クスクスと笑うクラスメイト。

ふと前の席を見れば、侑士が意地悪な笑みを浮かべてこっちを見ている……。


絶対わざと起こしてくれなかったんだ!!!

悔しくて侑士を思いっきり睨みつける。



先「寝てるってことは、進路希望書けたんだろうな!?」

「え!?あ、はい!」


慌てて机にある紙を差し出せば、それを見て更に眉間にしわを寄せる先生。

次は何を言われるか分からない恐怖に下を向く。



先「………桜井」

「はい!」



先「…これ、本気か?」

「はい。……??」



想像していた厳しいものとは違う
どこか気の抜けた先生の声…



先「ちゃんと了承得てるのか?」

「え?あ、はぁ…」


とりあえず、うなづいてみたけど…

了承?大学部に進むってことについて言ってるのかな???


ふーん…と
手元の進路希望の紙と、私の顔を交互に見つめたまま黙り込む先生。

さっきまで笑っていたみんなも、今は不思議そうな顔でこちらの様子を伺っている。


そんな空気の中で、ただ1人…

ニコニコと笑う侑士……。






先「桜井…」

「はい…」

先「とりあえずは進学しろ」

「…は、はい?」

先「結婚は大学出てからにしろ」

「は!?」



はい!!!?



ざわめく教室。

先「明日まで時間やるから、学部決めてこい!」

書き直しだ!と
返される進路希望の紙。

呆然と立ち尽くす私を残して、先生は次の面談の生徒を連れて出て行ってしまった。




わけが分からず目を落とせば…

少しくたびれた進路希望の紙。




「…っ!!!?」



第1希望から第3希望までを埋める……


大人っぽい綺麗な字………





「ゆ…侑士!!!?」



『なんや?』

「なんなのこれ!!!?」










〈第1希望〉侑士のお嫁さん

〈第2希望〉侑士のお嫁さん

〈第3希望〉侑士のお嫁さん






『なにって…。見たら分かるやろ?』



にやっと不敵な笑みを浮かべる侑士。




『真子の、し・ん・ろ、や』




甘く色っぽいその声に、
かぁっと熱くなる顔……


「…進路って…?…」


一生懸命、侑士の言ってることを頭の中で整理しようとするけれど…
考えれば考えるほどまとまらない。

ただただ…

心臓の音ばかりが速くなっていく…



再び静まり返った教室。
みんなの視線が気になるけれど…

伊達眼鏡の奥にある
凛とした瞳から目が逸らせない。




『俺が決めてええ言うたやろ?』

「…へ?」

『どぉでもええんやろ?』

「…え?っと…」










『やったら………………。









真子の未来…





………………俺にくれへん?』








湧き上がる教室。



さっきまで席に座っていた侑士が

気が付けば目の前に立っていて…





ハッとして反射的に彼を見上げれば…






あっという間に



優しい熱に唇を奪われた………


















(私、看護師目指そうかな〜)
(そんなんあかん!)
(なんでよ?侑士の役に立てるじゃない)
(考えてみぃ…、お前のナース姿なんてエロくて毎日仕事にならへんわ〜)
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