弟はおとなりさん
□弟はおとなりさん*4*
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逃げないように…
離れないように…
傘の柄をぎゅっと握る
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弟はおとなりさん
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「あれ…?」
やっと着いた自分の家が真っ暗なことに違和感を覚える。
いつもならお母さんがもう仕事から帰ってるはずなのに…
急いで門を開けて、雨から逃げるように玄関ポーチに駆け込む。ドアを引いてみたけれど、やはり鍵がかかっていた…。
桃「おばさん、まだ帰ってねぇのか?」
「何かあったのかな…。私、今日鍵持って出てないのに…」
ポケットから取り出すと同時に震えるケータイ。開いてみると、心配してたお母さんからのメール。
ホッと出来たのは一瞬で、メールの内容にまた不安になる…。
「台風のせいで電車が止まってるみたい。タクシー乗り場も凄い並んでて、しばらく帰れそうにないって…」
桃「まじで!?」
「お母さん大丈夫かな…?今日はお父さん出張でいないのに……」
桃「とりあえず、おばさん帰るまでうちにいろよ」
「え?いいの?」
桃「いいの?って…、決まってんだろ?」
私のカバンを無理矢理ひったくって、傘もささずに隣の家の軒先まで走ってく武。
桃「真子!早く来いよ!」
「もーーっ!ちょっと、待ってよ!」
ったく、強引なんだから…。
けど…
私の不安が大きくならないように、武なりに気を遣ってくれてるのが分かるから嬉しくなる…。
暗い気持ちを振り切るように、私も雨の中に飛び出した。
桃「ばかっ!お前は傘つかえよ!!!」
雨のカーテンの向こうの影は、
なんだが大きくて…
知らない人のシルエットに見えた……。
・
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「玄関から入るの何年ぶりだろ…」
懐かしい匂い。
武の部屋とはまた違う…安心する匂い。
桃「ちょっと待ってろ!今タオル持って来てやっから!」
足にへばりつくスカート。
ドロドロの冷たい靴下が気持ち悪い。
雨の中を飛び出したまではよかったけど…
玄関前の水たまりで派手に転んだ私…。
「絶対笑われると思ったのに…」
真剣に武が怒り出すものだから、反応に困ってしまった…。
「ばかたけし…」
桃「なに拗ねてんだ〜よっと!」
「ぎゃっ!?」
いきなり真っ暗になる視界。
混乱してる私の頭の水分を、武ががしがしと拭き取っていく。
「ちょっ、あ、もぅ!タケっ!髪の毛絡まるってばっ!!!」
桃「ははっ!悪りぃ悪りぃ。…ぶぶ!すげぇ頭!」
「もーーっ!誰のせいよ!!?」
桃「ぶははっ!!メデューサみたいになってんぞ!!!」
「……石にしてやろうか?」
ぐしゃぐしゃに絡まった髪を手ぐしで整える。
「いつまで笑ってんのよ!!!?」
こうやって武とふざけ合うのは久しぶりだ。
離れてた時間が無かったみたい。
懐かしい雰囲気に、気持ちが一気に中学生に戻る。
「あれ?そういえばおばさんは?」
桃「ああ…、妹たち迎えに行くついでに、車で親父のとこにも迎えに行ったみたいだな。テーブルにメモあった」
「あ、そっか。電車止まってるもんね。おばさん達も大丈夫かな〜?」
桃「まー、平気だろ?つか、迎えに出るなら俺のとこにも来いっての!」
「あんたは心配いらないでしょ?無駄に頑丈なんだから」
桃「まぁな〜!って、おい!」
武の鋭いツッコミに、今度は私が吹き出す。
桃「ついでに、おばさんとこにも迎えに行ってもらうように連絡しといてやるよ」
「え?悪いよ!おじさんの職場と逆方向だし…」
桃「いーって、いーって!遠慮すんなよ!」
ぽんぽんと、頭に感じる優しい手…
桃「俺たち家族みたいなもんだろ」
大きくて硬くて…
知らない人みたいなその感触…。
「…タケ……」
不思議…
帰るまでは違う人に見えてた武が…
この家に帰って来た途端に、違う感触も懐かしいものに変わる…。
「ありがとね…」
桃「げ?なんだよ急に!気色悪りぃ〜」
「はーー!?なによ!人がせっかく素直にお礼言ってあげてんのにーっ!」
肩を軽く叩けば、大袈裟に痛がるそぶりをする武。
ムカついて、今度は私が武の頭をタオルでめちゃくちゃに拭いてやる。
桃「ばっ!ちょっ、と、痛えって〜」
「はいはーい!じっとしてくださ〜い」
外の雨音が消えるくらい…
玄関いっぱいに響く笑い声。
ああ…
そっか…。
私、不安だったのかも…。
可愛い弟だった武が、急に大人に見えて…。
知らない人になったみたいで寂しかったんだ。
ドキドキなんかしてバカみたい。
ちょっと背が伸びただけよ。
子供っぽかった武が
ちょっと男らしく成長しただけ。
ただ…それだけよ。
だって今ここにいる武は…
昔と変わらない…
私にとって大切な家族。
可愛い弟。
弟はおとなりさん*4*
〜 ずぶ濡れの家族 〜