あいをおしえて

□*6*
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“彩ちゃん…”



会えない日は夢にみる…


私を呼ぶ…

優しい笑顔。



その温もりに触れたくて…

あなたの隣にいたくて…


私は…


いつも必死に手を伸ばすの。







*-*-*-*-*-*

あいをおしえて

*-*-*-*-*-*







「あ…」




コロンと、床に転がるミニトマト。

机に広げた1人分のお弁当は、余計に私を落ち込ませる。

真子の寂しそうな笑顔を思い出す度に、謝らなきゃってケータイを開くけれど…

一向に画面は真っ白なまま…。
気が付けばもう週末。

今までなら、今頃不二くんと一緒に
菊丸くんと真子の痴話喧嘩を聞きながら、楽しくランチしてるはずなのに…。


さっきまで、お弁当の中で色鮮やかに輝いていたミニトマトが…
今は床で、ぽつんと埃にまみれてる。



なんだか私みたい…






岡「嫌いなの?」



「…?」


突然降ってきた声に、ハッと顔をあげる。

さっきまで、惨めに転がっていた赤いものが…
今は知らない手の中にあるのが見えた。


「え…?」
岡「トマト、嫌いなの?」


にこにこと木漏れ日のような、優しい笑顔。
その表情を引き立てる、ふわふわのゆるい茶色いくせ毛…

あの日のオレンジ色に染まったグラウンドの影が重なる。


「き、嫌いじゃないです…」
岡「なかなか拾わないから嫌いなのかと思ったよ」


不二くんに似た、独特の雰囲気…。


間違いない…。
サッカー部の、岡本くんだ。


綺麗な手が、汚れたトマトをそっとハンカチで包つむ。


「あ!ごめんなさい!それ…」
岡「いいよ、後で捨てておくね?」


いつもなら、乱暴にティッシュに包まれて…ただの残飯になるはずなのに。
清潔感漂うハンカチから覗く赤は、お弁当の中にいた時より輝いて見えた…。


岡「大石知らないかな?」
「え…?」
岡「文化祭の予算表出たから渡しに来たんだけど…」
「文化祭の…?」


片手ばかりに気を取られていたけれど、もう片方の腕にはたくさんの紙の束。



岡「文化祭実行委員の岡本です」



少し首を傾げて笑う彼…
その柔らかい髪がふわっと揺れた。









大「ありがとう、高森さん」

「ううん、私も学級委員だし…」


ボールの弾む音に、掛け声が飛び交う放課後の賑やかなグラウンド。


大「でも、わざわざ部室まで来てもらっちゃって、悪かったね」
「渡しそびれてた私が悪いから…」


いつも教室では、石鹸の香りがしている大石くんから汗の匂いが交じる。

目の前には、いつも校舎の中から見ていたテニスコート…。

自然と、目が彼を探す…。



越「不二先輩ならまだっスよ」



不意に呼ばれたその名前に、ドキッとする。

目線を少し下げると、帽子の影から覗く大きな瞳…。


越「あんた、不二先輩の彼女でしょ?」
「…え、えっ?」

睨みつけるようなその表情に、言葉がなかなか出てこない。


大「こら!越前!高森さんが困ってるだろ!」
「越前…?」
越「どーも…」


生意気な態度に、小さな身体…。
その姿に、不二くんと真子の会話を思い出す。



噂のルーキーくんだ…!



越「初めてっスね…」
「え?」
越「あんたが練習見に来るの…」
大「越前!!!!ご、ごめん、高森さん、態度悪くて…」
「いいよ、大石くん。気にしてないよ」


こっちが申し訳ないって思っちゃうくらい、頭を下げる大石くん。

なのに、越前くんは全く悪いと思ってないようで…

鋭い瞳に、私を写して離さない…。



うーん…
苦手なタイプの子だな…。

真子は、可愛い可愛いって言ってたけど…



越「試合にも来たことないよね、あんた…」
「えー…と、人混みって苦手で…」
越「へぇ…」
「それに今日は大石くんに用事があっただけなの」
越「ふーん…」



一生懸命上げ続けてる口角が…
だんだん引きつってくるのが分かる。



可愛げなんて…
何処にもないじゃない…!



越「丁度良かった…。俺もあんたに用があったんだよね…」
「え…?」



私に…?


予想もしてなかった言葉に、思わず顔の力が抜ける…。

さっきまで頭を抱えていた大石くんは、青い顔で胃をさすりはじめた…。



越「あんたさ…」

不「彩ちゃん!?」



聞き慣れた声に振り返れば、
少し息を切らした不二くんの姿…。

私の顔を見ると、やっぱり…と、驚いた顔がふっと優しい表情に変わる…。


「不二くん!!」
不「どうしたの?こんなところで…」
「お、大石くんに…」
不「そっか…。驚いたよ。音楽室から君に似た後ろ姿が見えたから…」
「音楽室から?」
不「つい練習抜けて、走ってきちゃったよ」
「……っ!?」


かっと熱くなる頬…。

久しぶりに間近で見る不二くんの笑顔に、頭がクラクラする。


不「彩ちゃん?」



どうしよう…
泣きそう。

嬉しい…。



不「顔が赤いね…。また体調悪い?」
「だ、大丈夫」
不「家まで送るよ」
「本当に大丈夫だから…」


顔を見られないように俯いて、ぶんぶんと手を横に振る。
俯いた視線の向こうに、ため息を吐く越前くんが見えた…。


突然の不二くんの登場に、ざわつくギャラリー…。
ヒソヒソと静かに大きく溢れる届かない声に、一瞬にして頬の赤みが奪われる…。



やっぱり、この雰囲気苦手だ…



「帰るね…」


顔を上げて、不二くんにそっと微笑む。


越前くんの視線を感じたけれど…
早くこの場を離れたくて、気がつかないふりをしてテニスコートに背を向けた。


不「待って」


綺麗な手が私の腕を掴む。


不「せっかくだから」
「え?」
不「やっぱり送るよ」
「で、でも…練習…」
不「うん、だから門まで…」


ね?

って…


優しく首を傾げる不二くん…
柔らかい髪がサラッと揺れる。


きゅうっと締め付けられる胸が、幸せだって叫ぶように早鐘をうつ。




ねぇ…

不二くん。


不思議ね…。


嫌なことも
悲しいことも…


あなたの笑顔があれば…


全てが小さな出来事に思えてくる…。





ずっともやもやしていた


胸の闇を消すように…


西の空がゆっくり淡い色に染まる。



昨日と変わらない、1人の帰り道なのに…




赤く丸い太陽が


いつもより鮮やかに


輝いて見えた…















あいをおしえて*6*

〜 孤独なチェリートマト 〜

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