青春学園中等部
□しおあめ
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焼けるような日差し。
ジトジトと、身体に絡まるような空気。
吐く息までも熱く、鬱陶しいこの季節が・・・
俺をイラつかせる。
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しおあめ
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「だる・・・」
リズムよく・・・
ボールが飛び交うコート。
6月に入ってから・・・
雨が降ったり止んだりと、不安定な天気に毎日のように振り回されて。
それだけでもイライラしているというのに、久しぶりに晴れたと思ったらこの暑さだ。
額からこぼれる汗が視界を幾度となく邪魔をするし、ラケットのグリップはベトベトとしていて気持ちが悪い。
「越前くん!交代だよ!10分休憩!」
マネージャーの声に、コートを出て近くのベンチに腰掛ける。
あー・・。
身体がベタベタする・・・
早く帰って風呂入りたい・・・。
「大丈夫?顔色悪いよ?」
タオルとドリンクを抱えた小さな身体が、心配そうに俺を覗き込む。
別に・・・と短く答えて、抱えていたものを軽くひったくり、一気に喉に流し込んだ。
「ねぇ…、これちょっとぬるいんじゃない?」
「え?そう?いつもと一緒だよ?」
「もっと冷たい方がいいんだけど・・・」
「あまり冷たすぎるのは、身体に吸収され難いって乾先輩が言ってたよ?」
俺とは違う涼しそうな顔で微笑んで、隣に腰掛ける桜井。
記録ノートを開いて、先輩たちの練習メニューを書き込んでいく。
「マネージャーはいいよね。この暑い中、走らなくていいんだから・・・」
誰のせいでもないって分かっているのに・・・
熱に侵された頭が、つい冷たい言葉を吐き出させる。
「そんなことないよ!マネージャーの仕事って結構ハードなんだよ!」
「―――っ」
怒っているわけでもなく、呆れているわけでもなく・・・
ただただ明るく返す桜井に、ムッとして睨み付ければ・・・
真剣な顔で、コートとノートを交互に見てはペンを走らせている姿。
ノートに俯くたびに見えるうなじが、真っ赤に焼けている・・・。
ベタっと汗のにじむ背中に、薄っすらと下着のラインが浮き出でいるのに気が付いて、慌てて視線をコートに移した。
「・・・まぁ、頑張ってるんじゃない?・・・俺の次にだけど」
「ふふ。ありがとう」
やっとのことで絞り出た言葉があまりに子供っぽくて、今度は自分にイラッとする。
逆に桜井の方がなんだか大人の態度なのも気に入らない。
ちらっと横目で睨み付けると・・・
コロコロと桜井の口の中で、何かが転がってぷっくり膨らむ頬・・・。
「何食べてんの?」
「え?」
「あめ?」
「あ、うん。塩あめなめてるの」
「は?塩?」
しょっぱいのか甘いのか・・・
考えただけで舌が気持ち悪くなるフレーズに、思わず眉間にしわが寄る。
「熱中症対策だよ。マネって忙しくて、つい水分補給おろそかになっちゃうから・・・」
「へぇ・・。それって美味いの?いかにもまずそうな名前なんだけど・・・」
「うーん・・・。特別美味しくはない・・・かな?てか、不味い部類かも・・・」
そう俺に弱弱しく笑ったかと思えば・・・
次は凛とした顔でコートを見つめる桜井。
そこには、全力でボールを追いかける先輩たち・・・。
キラキラと・・・
流れ落ちる汗が、太陽の光に反射して、宝石の様にコートにこぼれる。
「夢に向かって、みんな全力で頑張ってるんだもん!サポートする私が、体調不良になんてなってらんないよ!」
狭い肩幅。細い腕。折れそうな首。
いつもは守ってやらなきゃって思うのに。
こうやって不意打ちみたいに、お前は俺の心動かす・・・。
「まったく・・・。それ、反則・・・」
「え?誰が?」
きょろきょろと慌ててコートを見渡す桜井に、思わずぷっと吹き出す。
「テニスじゃないってば・・・」
「え?じゃあ、なんのこ―――」
「おちびーーーー!交代だよーん!」
「ういーーーっす!」
遠くのコートの菊丸先輩に、軽く手を挙げ立ち上がって返事を返す。
言葉を遮られた桜井は、仕方なく考え込むように、再びノートに視線を戻しペンを走らせる。
「ねぇ・・・、俺にもくれない?」
「え?」
「塩あめ」
「え?う、うん。いいけど・・・」
戸惑いながらも、素直にポケットから新しいあめを差し出す。
「違う。それじゃないやつ」
「え?」
「もういっこあるじゃん。そっちがいいんだけど?」
俺を見上げる・・・
不思議そうに揺れる大きな瞳。
「だから、こっち・・・・」
「―――――んっ!!!?」
その無防備な唇に、そっと俺のそれを重ねれば・・・
さらに大きく揺れる瞳。
唇の熱と一緒に伝わる、甘くてしょっぱい味に・・・
頭の奥が痺れる・・・。
こぼれる吐息・・・
押し込んだ舌が、熱いその塊を自分の中へ誘う・・・。
コロン・・・
「さんきゅ」
奪い取ったそれが、俺の中を転がり、小さく歯を鳴らす。
俺を見上げたまま・・・
真っ赤な顔で、空っぽになったその口をパクパクさせる桜井。
「まだまだだね」
暑苦しい空気を振り払うようにコートへと駆け出す・・・
まだ頭上には、太陽がギラギラと射すような熱を照り付ける。
ベタっとしたユニフォーム。
頭にこもる熱。
口の中に広がる不愉快な味。
ま、別に悪くないかもね・・・
(う・・・、気持ち悪い・・・)
(慣れねぇもんなめってっからだよ!出しちまえ!)