青春学園中等部

□だいすきのきもち
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テニス部のレギュラーだから…

帰国子女だから…

クールでかっこいいって
みんなが騒いでるから…


きっかけはそんな
ちょっとミーハーな気持ちから…

彼に近付きたいって思った。





*-*-*-*-*-*

だいすきのきもち

*-*-*-*-*-*





「うわ!どうしたの⁉︎その眼帯!」
「ちょっとね…」


月曜日、いつも通り登校すれば
隣の席にたくさんの人の輪。
その中心にいる人物は考えなくてもわかるわけで…

SHRの予鈴が鳴ってやっと見えた顔は、生意気な大きな瞳を片方なくしていた。


「痛そ〜。何があったの?」
「試合見に来なかった奴には教えない」


眼帯の隙間からちらっと見えるガーゼには、うっすら血が滲んでいる。


「なによ〜!人が心配してあげてるのに」


そっぽを向いたまま黙ってしまった越前くん。眼帯のせいで表情が見えない。

教室に入って来た担任もビックリして私と同じ質問をしたけど、彼の返事は「平気っす」の一言だった。









「何で知らないふりなんかしたよのよ?」


体育館に響くボールの音…
今日の体育は男子はバスケットボール、女子はバレーボールだ。


「だって…」


体育館の向こう側のコートでは、普段と変わらないフットワークでゴールを決める越前くんの姿。
眼帯なんて付けてないみたい。


「本当は試合見に行ったんでしょ?」
「……うん…」


他のチームの試合を待ってる間、一緒に点数をつけていた彩が少しイライラしながら話しかけてきた。


「越前くんのこと…好きなんじゃなかったの?」
「…好きだよ」


ステージ側のコートを使用してる女子。
試合をしていない子たちは、ステージの上で応援したりトスの練習をしていて、私達の会話は聞こえてないみたい。


「だったら何で言わなかったのよ?
って言うか、何で試合の時声かけなかったのよ⁉︎」
「…だって〜!」
「やっと越前くんと仲良くなってきて、試合見に行く約束までしてたんでしょ?」
「〜っ、だって…だって〜!」
「何なの⁉︎好きなんじゃないの⁉︎」


だってじゃわかんないじゃない!って、得点板の向こうから聞こえて来る声は、さっきより苛立ってる。


「怖くなっちゃったんだもん…」
「え?」


視線を体育館の端に向ければ、綺麗なドリブルでコートを走る越前くんの姿が見えた。


かっこいいな…
好きだな…

だけど…


「あんな試合見ちゃったら…
私みたいな軽い気持ちで好きになっちゃいけない人だなって…思っちゃったんだよ…」

「え?」


たまたま隣の席になったかっこいい男の子。
いいな…なんて思ってた彼が、帰国子女だと知って、さらに1年生でテニス部レギュラーになっちゃって…

好きだなって思うようになるのは簡単だった。

他の子に負けないようになるべく話しかけて、授業中寝てる彼の分のノートをとったりもした。うざくない程度に部活見に行ったり、話題作りの為に苦手な炭酸飲んでみたり…。

バカみたいに頑張った。
だけど私が頑張らなきゃいけないことはこんなことじゃなかったんだ。


「こんな私じゃ、越前くんには似合わない」
「どういう意味よ…?
……っ!きゃっ!」

「っ!??」


彩の短い悲鳴が聞こえたと思ったら、ガチャーンッと大きな音と肌に冷たく重い感覚。
目を開けようとしたら、額の方で鈍い痛みが走った…。


「真子ッ!」

「ーーっ!桜井!!」

「…っ!!!?」


力強く腕を引かれたと思ったら、宙に浮く身体…顔のすぐ近くに見える眼帯に、思考回路が止められたみたいに声が出ない…。


「こいつ、連れてくよ?」


打ち損じたボールが得点板に当たって、横に座っていた私に倒れてきたのを理解出来たのは保健室に着いてからだった。





「…痛む?」


おでこの左側に貼られた大きなガーゼ。
ぶつかった拍子に得点板の骨組みのネジで切れてしまったみたい。


「幸い縫うほどじゃないから、1週間もすれば治るわよ。」


優しく笑う保健の先生。

傷も残らないと思うわ…と気遣う先生の声も、おでこのガーゼに触れる越前くんの手のせいで、ちゃんと頭に入ってこない…。


「じゃあ、私は担任と体育の先生に症状伝えて来るから。越前くん、後はよろしくね。」


ピシャンと扉が閉まって、先生の足音が遠のく。

静かになった保健室…

私のおでこに添えられたままだった越前くんの手がゆっくり…

ゆっくり…

輪郭に沿ってさがって…

私の頬を包むようにして止まった…


「痛む?」


さっきと同じ質問…


「へ…へいき」


やっと出た声。
少し掠れているのが自分でもわかる。


「まったくドジだよね、あんた」


目の前に立つ越前くんの顔を見上げることが出来ない。
まるでお尻に根っこが生えたみたいに椅子から身体が離れなくて、“越前”と書かれた彼の体操服のゼッケンを見るのが精一杯だ。


越前くんの手が触れてるとこが熱い…


「あれくらい避けなよ」
「む、無理だよ。急だったし…」
「コートの近くにいたんだからさ…ボールが飛んでくることも考えてなきゃダメじゃん」
「だって…まさか得点板が……っ…」


滲んでいく…越前の文字…
代わりに頭の中で見えてくるのは、血に染まったテニスコート…


「え、ちぜん、くんは…?
眼…いた、く、なかった…?」
「……。べつに…」


パタパタっと涙の落ちる音…
動かない越前くん…


「本当は……、試合見に行ったんだよ…」
「…うん。知ってた」
「…え?」


思ってもみなかった言葉に、やっと顔が上がる。

「気が付いてたの…?」
「……まあね…。
なのにあんたさっさと帰っちゃうし。
おまけに今朝は試合見てないみたいなこと言うし…。
けっこうムカついたんだけど?」


ちょっとイラっとした声。
彼の大きな瞳から視線が離せない…。


「…だって……だって…」


息が…苦しい…


「怖くなっちゃったんだよ…」


やっと出た言葉に、余計に涙が止まらない。
せっかく見上げた彼の顔も、表情が全くわからなくなってしまった…。

ただ頬を包む手がすごく優しくて…
あたたかくて…


「血だらけになっても戦う越前くん見てたら、軽い気持ちで近づいた自分がバカみたいで……なんか情けなくて…。

こんなに一生懸命になれるもの…私は何も持ってないって気が付いて……。

何も頑張ってないって気付いたら…自分に自信が持てなくなっちゃって…越前くんのこと好きって気持ちにも自信がなくなっちゃって………。
越前くんのそばにいるのは自分みたいなのじゃダメなんだって…怖くて…怖く…て…。」


何言ってるんだろう…。
頭の中がぐちゃぐちゃで、自分でも何を言ってるのかわからない…。



ほんと…私って…



「バカだね」


滲む視界の中で…越前くんがニヤっと笑ったのが見えたと思ったら、頬から温もりが消えて…腕を強く引かれた…


ガタンッーー

丸椅子が倒れた音が聞こえる…
それよりも大きく…越前くんの鼓動が直ぐそばで聞こえてる…

さっきまで頬にだけ感じていた温もりが、今は身体全体を優しく包んでる…。


「…え?、あ、え?」
「ほんと真子ってバカだよね」


ぐっと強く抱きしめる越前くん…


「軽い気持ちで近づいてるやつがそんなに悩むわけないっしょ」
「…っ?」


越前くんはくすっと小さく笑うと、そっと身体を離す。
すぐ目の前にある眼帯…と、生意気な大きな瞳。


「俺は真子にそばにいてほしいけど?」
「…え?…」
「自分に自信が持てるもの…これから探していけばいいじゃん。一緒に…」
「え…?」


ハッキリ聞こえてるはずなのに…
越前くんの言ってることがいまいち理解出来ない…。
ぽかんとしたままの私に、ちょっと不機嫌な声で越前くんが言う…。


「ねぇ…まさか気が付いてないわけ?」
「…?」
「あんた…
さっき俺に“好き”って言ってたけど?」



私が…?



「えぇっ⁉︎ウソ⁉︎いつ⁉︎…ぁ、ほんとだ‼︎」
「あんたって本当にバカなの?」
「さ、さっきの無し!忘れて!」
「やだ」


意地悪く笑った越前くんの顔が消えて、また優しい温もりに包まれる…




「俺も好き」




耳元に聞こえた甘い言葉…
少し汗の混じった彼の香りに
また涙が止まらなくなった……。









「そんなことで悩んでたの?バカじゃん」
「うん…越前くんにも言われた…」


放課後の教室。
窓の向こうにテニスコートが見える。

お姫様抱っこで連れて行かれた私の噂は、昼休みには学年中に広がっていて…
休み時間の度に色んな人が私を見に来るものだから、すっかり彩への報告が遅くなってしまった。


「だいだいね、最初から本気で相手に近づく人なんて少ないわよ!小さなきっかけから、だんだん好きって気持ちが強くなってくものよ!」
「うん…それも越前くんに言われた…」
「それに真子は真面目過ぎよ!そばにいてもいいかなんて彼女になってから悩みなさいっての…」
「…はい……」


1人で悩んで空回りして…
彩には心配かけちゃった。
怒ってるような言い方だけど、目が優しいのは私の気のせいじゃないと思う。


「で?彼女としての自信はみつかりそう?」
「ん〜?どうだろぉ?」
「何ニヤニヤしてるのよ?気持ち悪い」






テニス部のレギュラーだから…

帰国子女だから…

クールでかっこいいから…

気になったきっかけはそんな軽い理由。

自分でも気がつかないうちに
大きくなった彼への気持ち…

きっとまだまだ大きくなる。
大好きの気持ち…。



“あんたの笑顔見てるとさ
なんか元気出てくるんだよね”




耳に残る…
越前くんの言葉。

こんな理由でいいなら
ずっとそばにいるよ…














(…へー…そんなこと言われたんだ?)
(あれ?声に出してた⁉︎)
(ほんとバカね…)
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