絆創膏と高熱

□動けなかった男
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【動けなかった男 森谷 七雄】

  第5話 空想の存在証明
       Kusou no sonnzaisyoumei








「七雄、聞いたわ。お店おいてきたらしいわね」
また雪の降る日。
外で楽しげに遊ぶ子供たちの姿を、こたつでぬくぬくとみていた俺に後ろから声がかけられる。


そうして、温かいお茶を出されれば、彼女も隣で同じように外の子供たちの様子を見ていた。



「ども。まぁ、店っつっても、優秀な部下が切り盛りしているだろうよ」
「なによそれ、おかしいわね」
「これも世代替わりってやつかね。俺はどんどん追い越されるだけよ」
そう、と俺の言葉に悲しげにつづけた彼女。
その様子に俺はやってしまったと気付く。




「あ、と。すまん、俺、今、無神経だったわ」
たどたどしくなってしまう言葉。
だけど彼女は、いいのよ、とやわらかく声をかければ、温かいお茶をすすった。



新垣 佳那。
外にいる身寄りのない子供たちを引き取っては共に暮らしている女性である。
子供たちには母親として呼ばれており、もう一人ここで働く新垣 祥平とは夫婦関係である。


そうして俺は、この夫婦の子供たちの髪を整えるために呼ばれ、何日かここで過ごしては店に帰るという生活を、ここ数年続けていた。
きっかけは佳那であり、俺の店の常連だった。
そんな彼女がある日突然、結婚するという話を告げに来ては同時に何十人もの子供まで紹介された。
そうして、提案されたのが今の関係だ。



佳那には今、自由な脚がない。
大きな交通事故から生涯、歩けることはないだろうとまで告げられたと話を聞いた。
落ち込んでいた彼女。
事故の日、彼女を励ましてはなんと言葉をかけていいのかわからず、数か月開けて。
次に現れたのが今のような無邪気な笑顔を浮かべ、この男と子供を連れ結婚を発表する彼女だった。


なんでもすごいのは、この祥平という男は佳那の足を奪う事故を起こしたその本人である。
俺にとって佳那も祥平という男も他人であり、深く話を掘り返すこともしていないからわからないが、あまりにおかしな関係で。


それでも彼女たちの間には、変な空気というものが感じられないのも確かなのである。
夫婦と言われれば納得できる雰囲気や会話があるし、佳那は精一杯に愛されている顔をしている。




そんなおかしな家族に呼ばれ数年がたてば、こちらの感覚も少々鈍って、偏見から彼らを見ることもなくなったのだが。






「七雄、来てもらってそうそう悪いが、手伝ってほしいことがあるんだ」
俺を呼ぶ祥平。



銀縁の細い眼鏡をかけたこの男を、俺はいまだ好きになれずにいた。

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