絆創膏と高熱

□置いて行かれた男
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【置いて行かれた男 仁村 隆人】

  第1話 秋寒さの頃
       Akizamusa no koro





「やっぱり老けてんな、お前も」
夏の終わり。
大学のサークル時代の友人たちが飲み会を開き、駅近くの居酒屋。
互いに懐かしい顔を見てはそんな会話を交わしていた。



「周りもどんどん結婚しちまってよぉ。残ってんのは、俺と仁村だけじゃねぇか」
酔った友人が俺の肩を抱いては、半泣きですがりついてくる。
その振動に持っていた煙草を落としそうになって、急いで灰皿に置いた。


彼らと会うのも、大学卒業後行われた卒業旅行以来で。
最近では、親類だけの結婚式などで済ませる者も多く、何人かは結婚の報告がはがきや手紙で送られてきていた。
ここに集まった同年代の十数人のなかで、今日、俺が結婚を知ったやつらも多い。



「もうすぐ、三十路だな」
苦笑いでそう答えれば、さらにひどくなる胸元の友人の泣き声。
それを見て笑う友人たちもまた、年齢のことで話題を膨らませれば、大学時代の思い出話へと話題をずらす。


もともと年配の女性社員が多く、仕事もほとんど事務の職場だからだろうか。
こんなふうに、過去の思い出話も織り交ぜて話すことが久しく。
そのたびに、喉に閊える恋人との思い出に、苦笑いを隠せない。


引きずっていると言えばそれまでだが。
女性に対して恋愛感情がないわけではない。
ただ、どうしても比べてしまう自分に嫌気がさすだけだと、言い訳をして。
しかし、その想いは吐き出せぬまま、忙しいから、と子供じみた理由も通用しない歳になってきたのは確かである。


帰省するたびにそれとなく孫の顔が見たいと両親に言われては、早々に結婚した妹の子供におじさんと呼ばれるこの頃。
この中でもそんな理由で結婚した奴は少なくないという。


何というか、そういうものが肩身を狭くするというのか。
職場もどこか息苦しいのも現状である。






「じゃぁ、城戸のこと任せるぞ」
「まぁ、明日も休みだし。家で寝かせとくよ。独り身同士だしな」
そうやって友人らと別れれば、俺の胸元で泣き寝入りした男を担いで、彼らが手配してくれたタクシーに乗り込む。
その後、自宅近くで下してもらえば、彼を家まで運んだ。

自分より少々身長が高い彼。
引きずって痛めた靴は、看病代として許してもらおう。



「城戸。水、飲め」
彼をソファに横たえて、冷蔵庫から出した水を差し出す。
薄目を開いた彼は、状況を理解していないのだろう不思議そうに俺を見た。



「わかるか。城戸。ここ、俺んちな」
「隆人」
不意に呼ばれた俺の下の名。
こうして、城戸に下の名で呼ばれたのは、大学生活通してもなかったはずだ。


「城戸。どうした」
眉間に皺をよせ、今にも泣きだしそうな彼の顔。
その泣き顔は先ほどとは違う。
何か苦しげに出された声と共に、近づいた俺を抱く。

「おい」
そうして、首元に彼の顔が埋められ、一気に距離が近づく。




「今日だけでいいから」
そうして耳元でかけられた言葉はあまりに熱く。


「俺を抱いてください」
続いたその言葉に、俺は耳を疑った。







その後、かける言葉に戸惑う俺に、返事を待つ彼。
顔は見ないようにしているのか、彼が俺を抱く力を緩めることはなく。
ただ、感じる彼の鼓動の速さと、冷たい指先に彼の緊張が伝わる。




彼のこの言葉はどんな経緯から来たものなのだろうか。
人懐っこく、どことなく子供っぽさを残した容姿。
そんな彼の周りには自然に人が寄ってきて、彼自身も人付き合いは多いほうだと話す。
俺自身も隣の席に座ったという理由から彼に話しかけられ、その後、彼の強引な誘いでサークルにも入った。



その後、彼の繋がりで今日のような友人も多くできた。
だけど、大学時代の思い出と言えば、彼個人との出来事はほとんどなく。
ただの友人関係として今まで接してきた。




だとすればそんな彼が求めるのは、先ほどの話を引きずった、夜の寂しさからなのだろうか。
そもそも、男というものに抵抗を抱かない彼にも驚いている。
それほどに寂しい日々を過ごしてきたのか。



結局、自分も性別関係なく恋愛してきたわけで、その答えも見つからないまま。




「後悔、しないか」
気付けばそんな言葉を吐いていた。



「しない、しないから」
俺の言葉に彼は力を緩めて。
一度視線を合わせると、また俺の体を抱く。




熱い体温は酒のせいだけではないのだろう。
震える体とすがるような目。

その後、俺は彼に応じた。



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