絆創膏と高熱
□動けなかった男
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「よぉ、元気か」
いつものように3本の電車を乗り継いできたこの場所。
雪が降るのは地域の特性からであり、今日の到着が遅れたのもそのせいだ。
電波も不安定なそこで、時間通りにつかないのもいつものことであり、夜中に近い時間ながらも、男は嫌な顔一つせずドアを開ける。
変わりがない、と微笑んで返した男は、温かい部屋まで案内すると、すぐに熱いコーヒーを入れて俺に渡した。
そうして俺の後ろに続く大荷物に気付くと、大きく目を見開く。
静かな時間が続いた後、彼が一つの名をつぶやいた。
その名に俺が動きを止めて、様子を見るようにこちらを見る彼。
俺は、そうだ、と頷いた。
学生時代から、片想いしていたその名の相手に、最近、恋人ができたことを知った。
友人関係以上のものを求めず何もしなかったのは自分だが、こうして自分が何もできないまま持ち去られてしまった相手に、少々胸の痛みを隠せないのは確かで。
すぐ姿が見えるあの街を去って、彼の元へと来たのだ。
ゆっくりと時間をかけて、そうして忘れていけば、相手とも元の友人関係に戻れるのだろう。
今はその休養期間であればいい。
そう思ってここに来た。
ここに来るのは、いつもは仕事の都合上で。
一定期間いつもここにいる。
だけど、今回はそれが未定期のまま、だけど彼はそれでもいいと頷いてくれた。
やさしい人。
だから甘えてしまう。
きっと彼のもとでゆっくりとすれば、この感情もいつか消えるのだろう。
俺はゆらゆら揺れる暖炉の火を見つめながら、同じように揺れる俺の心も融かすように、静かに目を閉じた。