饒舌なる死者 H


フリー画像素材 Free Images 1.0 by:bogenfreund 様よりお借りしました。http://www.gatag.net/



 あれから何度もメールを送るが、綾奈から返信がない。
 換わりにサンフランシスコの婚約者ナオミから、『急な仕事で来日予定が少し遅れます。忙しいので連絡しないでください』というメールが入った。ナオミは明日、来日する予定だったが来られなくなったということか、連絡するなとはよっぽど多忙なんだろう。
 日本に来たら一週間ほど、二人で日本の観光地を旅行するつもりだったが、その前に片付けたい仕事が山積みになっているみたいだな。
 有能な弁護士の彼女なら、それも仕方ないことと俺は納得していた。
 婚約者の来日が延びたことで、多少落ち着きを取り戻した俺は……同窓会名簿に書かれていた水口珠美の住所を訊ねようと考えていた。
 結婚前に過去のスキャンダルが浮上してきては、俺の信用問題にも関わる。――とにかく、金を払ってでも、この女の口を塞いで置かなければならない。

 俺は実家の車を借りて、同窓会名簿に記載された水口珠美の住所に行ってみたが……そこには蔦が絡んだ廃屋が建っていた。小さな平屋の建物だが空家になってから、ずいぶん年月が経つようでほとんど朽ち果てていた。
 通りかかった年寄りに、ここに住んでいた人たちのことを訪ねたら、十年ほど前から住む人がいないが、以前は父親と娘の二人暮らしだったが、父親が亡くなって娘も居なくなったという答えだ。
 ここが水口珠美の家だとすると、ここを出て行った彼女はその後、どうやって生活していたのだろうか?
 水口珠美には会えず、手掛かりも見つからず、意気消沈して帰ってきた俺に……その珠美からメールが届いた。
『私の正体を探っているようね。いいわ、教えてあげる。』
 先日行ったシティーホテルの部屋番号と日時が書いてあった。
 ついに竹田綾奈に成りすましていた水口珠美という女に会うことになった。

 俺は待ち合わせの七時よりも十五分早く着いて、ホテルの部屋で珠美を待っていた。
 何から質問するか? どうやって彼女の口を塞ぐかいろいろ考えていた。女と揉めたら、相手の感情に呑まれたら、こっちの負けになると分かっているので、できるだけ冷静に話し合おうと思っていた。
 待ち合わせの時間を少し過ぎて、ノックの音と共に珠美が部屋に入ってきた。今日はビックリするくらい地味な服装で、ヘアースタイルは黒髪をシニヨン風に纏めていた。紺色のパンツスーツ姿の彼女はビジネスウーマンのような出で立ちだった。
 俺たちは、しばらく無言のままで見つめ合っていた。
「初めに、君が誰なのか教えて欲しい」
 冷静な声で質問する。
「水口珠美。三年三組。元女子陸上部マネージャー」
 まるでシナリオを読むような抑揚のない声で彼女は答えた。
「鈴木由利亜の知り合いか?」
「そうよ。由利亜とは幼馴染で親友だったわ。私にとって女神のような存在だった!」
 また、女神発言か――。古賀真司も俺に同じことを言った。
「古賀真司の動画をYoutubeにアップしたのは君か?」
「あのビデオは自殺する前に、私の元に送られてきたのよ。僕が死んだらこれを投稿してくださいってね。古賀君の意思を継いで私がやったのよ」
「なぜ? 今さらそんなことをする必要がある。もう十年前に終わったことじゃないか!?」
「終わってない。終わってないよ。終わってないんだ! 人ひとり死なせて、自分の都合で終わったなんて言ってんじゃないよっ!」
 いきなり珠美が凄い剣幕で怒鳴った。その迫力にたじろいだ。
「……だが、今さら俺を陥れても由利亜は還って来ないし、古賀も死んだし、そんな事実はないと俺がシラを切ったら、これ以上何もできないだろう。それより金が欲しいのなら言ってくれ!」
 俺の言葉に珠美はフンと冷笑した。
「Fuck you, asshole!!」
 ギャングが使うような下品な英語で俺を罵った。
「どうして? そんなに俺を憎むんだ」
「今から、あたしが話すことにいっさい口を挟まないで聴くんだよ。いいね!」
 そう言った珠美の手には小型の拳銃が握られていた。22口径のコルトポケット、女性向きの護身用の拳銃だ。最初から只者ではないと感じていたが、まさか拳銃まで持っていたとは……この女はいったい何者なんだ。
 こんな物騒なものを突きつけられては、大人しく話を聴くより他にない。


あれから何度もメールを送るが、綾奈から返信がない。
 換わりにサンフランシスコの婚約者ナオミから、『急な仕事で来日予定が少し遅れます。忙しいので連絡しないでください』というメールが入った。ナオミは明日、日本に来る予定だったが来られなくなったということか、連絡するなとはよっぽど多忙なんだろう。日本に来たら一週間ほど、二人で日本の観光地を旅行するつもりだったので、その前に片付けたい仕事が山積みになっているみたいだ。有能な弁護士の彼女なら、それも仕方ないと俺は納得していた。
 婚約者の来日が延びたことで、多少落ち着きを取り戻した俺は……同窓会名簿に書かれていた水口珠美の住所を訊ねようと考えていた。結婚前に過去のスキャンダルが浮上してきては、俺の信用問題にも関わる。とにかく、金を払ってでも、この女の口を塞がないとならない。

 それで実家の車を借りて、その住所に行ってみたが……そこには蔦が絡んだ廃屋が建っていた。平屋の小さな家だが空家になってから、ずいぶん経つようでほとんど朽ち果てていた。近くを歩いていた年寄りに、ここに住んでいた人たちのことを訪ねたら、十年ほど前から住む人がいないが、以前は父親と娘の二人暮らしだったが、父親が亡くなって娘も居なくなったという答えだ。
 ここが水口珠美の家だとすると、ここを出て行った彼女はその後、どうやって生活していたのだろうか?
 水口珠美には会えず、手掛かりも見つからず、意気消沈して帰ってきた俺に……その珠美からメールが届いた。
『私の正体を探っているようね。いいわ、教えてあげる。』
 先日行ったシティーホテルの部屋番号と日時が書いてあった。明日の七時に竹田綾奈に成りすましていた水口珠美という女に会うことになった。

 俺は待ち合わせの時間よりも十五分早く着いて、ホテルの部屋で珠美を待っていた。
 何から質問するか? どうやって彼女の口を塞ぐかいろいろ考えていた。女と揉めたら、相手の感情に呑まれたら、こっちの負けになると分かっているので、できるだけ冷静に話し合おうと思っていた。
 待ち合わせの時間を少し過ぎて、ノックの音と共に珠美が部屋に入ってきた。今日はビックリするくらい地味な服装で、ヘアースタイルは黒髪をシニヨン風に纏めていた。紺色のパンツスーツ姿の彼女はビジネスウーマンのような出で立ちだった。
 俺たちは、しばらく無言のままで見つめ合っていた。
「初めに、君が誰なのか教えて欲しい」
 冷静な声で質問する。
「水口珠美。三年三組。元女子陸上部マネージャー」
 まるでシナリオを読むような抑揚のない声で彼女は答えた。
「鈴木由利亜の知り合いか?」
「そうよ。由利亜とは幼馴染で親友だったわ。私にとって女神のような存在だった!」
 また、女神発言か――。古賀真司も俺に同じことを言った。
「古賀真司の動画をYoutubeにアップしたのは君か?」
「あのビデオは自殺する前に、私の元に送られてきたのよ。僕が死んだらこれを投稿してくださいってね。古賀君の意思を継いで私がやったのよ」
「なぜ? 今さらそんなことをする必要がある。もう十年前に終わったことじゃないか!?」
「終わってないよ。終わってないんだ! 人ひとり死なせて、自分の都合で終わったなんて言ってんじゃないよ!」
 いきなり珠美が凄い剣幕で怒鳴った。その迫力にたじろいだ。
「……だが、今さら俺を陥れても由利亜は還って来ないし、古賀も死んだし、そんな事実はないと俺がシラを切ったら、これ以上何もできないだろう。それより金が欲しいのなら言ってくれ!」
 俺の言葉に珠美はフンと冷笑した。
「Fuck you, asshole!!」
 ギャングが使うような下品な英語で俺を罵った。
「どうして? そんなに俺を憎むんだ」
「今から、あたしが話すことにいっさい口を挟まないで聴くんだよ。いいね!」
 そう言った珠美の手には小型の拳銃が握られていた。22口径のコルトポケット、女性向きの護身用の拳銃だ。最初から只者ではないと感じていたが、まさか拳銃まで持っていたとは……この女はいったい何者なんだ。
 こんな物騒なものを突きつけられては、大人しく話を聴くより他にない。

 珠美はソファーに腰を下ろし、足を組んだ、しかし銃口だけは俺の方に向けられている。少し冷静さを取り戻したのか「由利亜とあたしは……」言いかけて、ひと呼吸して続きを喋り始めた。
「……あたしらは小学校からの親友だった。由利亜は両親が離婚して祖父母の家で育てられていたし、あたしは母親が男作って家出してから父親と二人暮らしで、お互いに寂しい境遇だったから気が合ったんだ。由利亜は中学から始めた陸上で頭角を現したから、あたしはマネージャーになって全力で応援したよ。タイムもどんどん伸びてきてたのに……おまえが現れて、由利亜を狂わせてしまったんだ!」
 鈴木由利亜は陸上の特待生として大学に入れるほどの実力だったから、きっとオリンピック選手も夢ではなかったのだろう。
「おまえのせいで由利亜が死んだ! それは疑う余地もないことだ。由利亜を喪った悲しみと絶望感がおまえに分かるか!? あたしには半身を引き千切られるほどの苦痛だった! おまえがチョッカイを出し始めた頃に、何度か警告の手紙を入れてやったのに、無視しやがって!」
 俺の下駄箱にカミソリ入りの手紙を入れたのは珠美の仕業なのか。
 もしかして、俺を自転車で轢こうとした黒い合羽もやはり珠美だったのか?
「由利亜のお墓に行って……あたしは毎日泣いていたんだ。そこに、いつもピンクのガーベラを供えていく男がいた。――それが古賀君だった。最初は人の姿を見るとコソコソと逃げ出すような奴だったが、何度か、由利亜のお墓で会う内に、やっと捕まえて話を聞くことができた。最初は言いたがらなかったけど、あたしが由利亜の親友だと分かったら、全て喋ってくれたさ。――おまえの卑劣な悪事をね!」
 憎悪を込めた眼で俺を睨んだ。
「お、俺は、まだ高校生だったし……自分のやったことで、自殺するなんて想像ができなかった」
「Shut up!!」
 珠美の持ったコルトポケット22口径は俺の心臓を確実に捉えていた。ただの脅しではなさそうだ。――俺の首すじから冷汗が流れた。












[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ