饒舌なる死者 A


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 鈴木由利亜に近づくために、俺は生徒会長の立場を利用した。
 うちの高校の運動部は、どこもグランドの使用時間を巡って凌ぎを削っている。少しでも長く練習時間を取りたいからだ。女子陸上部のキャプテン由利亜も部員たちのために、そのことで何度も要望書を提出していたようだが、なかなか練習枠を広げられなかった。
 そこで俺はグランドの使用時間を他のクラブよりも優遇して貰えるように、教師たちに掛け合ってやったら、ものすごく感謝された。
 それが切欠で、俺と由利亜は急激に親しくなっていった。

 ふたりが付き合っていることをわざとオープンにしていた。
 俺は部活が終わるのを待って由利亜と一緒に帰ったり、マックやミスドに二人で寄ったりした。由利亜のファンたちは生徒会長の俺と付き合っていることが悔しいような、羨ましいような複雑な感情で見ていたことだろう。
 一度、木陰でカメラを持って佇んでいる古賀の姿を見つけたことがあった。その時、俺は由利亜の肩をグッと引き寄せて手を繋いで歩いた。急に手を握ったものだから、由利亜は驚いていたが、満更ではないという顔だった。古賀の奴に、二人の親密さを見せ付けてやりたかったからだ。
 元々、この俺がチョッカイを出す前から、生徒会長のことが気になっていたのだと、後ほど、由利亜の口から聞いたことがある。
 もう一度、木陰の方を見たら奴の姿はなかった。たぶん今頃、「ちくしょう! ちくしょう!」と喚きながら、その辺を走っていることだろう。あははっ。

 夏休みになって、受験勉強もいよいよ追い込みに入った。
 大学受験のため三年生になるとクラブは退部しなければならない。由利亜は陸上の特待生として入学する大学が決まっていたが、受験生の俺に付き合って図書館へ行ったり、塾の授業が終わるのを待って、夜の公園で俺たちはデートをした。
 取り留めのない話をしながら手を繋いで歩いた。由利亜は女にしては無口な性質(たち)であまり自分の方から喋らない。ただ、俺の話に相づちを打つばかりで退屈な女だった。
 それで人通りのない暗い道に入ったら、俺は彼女を引き寄せてディープキスをした。腰に手を回し、乳房を弄(まさぐ)ろうとしたが、ガードの固い彼女は嫌がって抵抗した。キスまでしか許してくれなかった。
 すでに何人かの女と性経験のある俺には、これでは欲求不満だ――。

 我慢できなくなった俺は、親が留守中に由利亜を部屋へ呼んだ。
 二人きりの部屋というシュチエーションに由利亜はかなり警戒しているようだったが、ロマンティックなBGMを流したり、俺の子どもの頃のアルバムを見せたりして、リラックスさせて、俺のベッドへと導いていった。
 そこで二人は抱き合ってディープキスをした。――ここまでくれば思う壺だ。
 衣服を脱そうとすると由利亜は恥ずかしがって、しゃにむに拒んでいたが……愛撫されるのが気持ち良かったのか、次第に抵抗する力が弱くなっていった。
 恥かしそうに、自分の裸を隠そうとする彼女は想像以上に初心だったが、「愛する君の全てが見たい……」と耳元で囁くと、顔を両手で伏せて、その裸体を惜し気もなく晒した。
 今まで何人もの女をモノにしてきた、この俺は、強引な手を使わなくとも、相手をその気にさせる術を心得ている。
 一糸まとわない由利亜は引きしまったきれいな裸体だった。
 ふと、古賀の顔が浮かんだ《ざまぁみろ! おまえの女神様の肢(あし)を俺が開いてやった!》どうだ、してやったりとほくそ笑んだ。
痛がってのけ反る由利亜を、お構いなしに俺は 最後までいった。意外なことに彼女は奥手で処女だった。終わった後で俺の胸に縋って泣き出した時には……ちょっと、これは厄介な女に手を出したのではないかと嫌な予感がした。
 ずっと陸上一筋だった由利亜は男性経験もなく、純真で恋愛にも一直線だった――。

 言わずもがな、俺の予感は的中してしまった。
 処女を捧げた由利亜は、それによって将来、この俺と結婚するものだと勝手に決め込んでいた。今どき、とんでもない時代錯誤だが、本人はマジ真剣だった。
 それだけに始末が悪い!
 せっかく、入学が決まっていた特待生の大学を振って、俺と同じ大学に入りたいからと猛烈な勢いで勉強し始めたのだ。一時も離れたくないからと俺の行くところには何処にでも付いて行こうとする。クラスの女子とちょっと喋っただけで嫉妬して泣き出す始末だ。
 由利亜は俺の愛情を一人占めするのに、弁当を作ったり、髪を伸ばしたり、化粧をしたり、女らしくなろうと必死だった。まるでイメージが変わってきた、ストイックなアスリートだった由利亜がツマラナイ普通の女になり下がっていく……これでは魅力が半減してしまった。
セ ックスだって、俺が求める事なら何でも応じる女になってきた。
 ――これが《女神》かよ!? この変わりように幻滅して、この女の鬱陶しさに辟易し始めていた。

 しかも、それだけではない――。
 由利亜と親密な関係になった頃から、俺は何者かに脅迫めいた嫌がらせを受けていたのだ。
 ある日、俺の下駄箱に手紙が入っていた。何の変哲もない白い封筒だったが宛名が書いてなかったので、何だろうと不審に思い手紙の封を切った瞬間、激痛が走った! 
 指先から滴った血で、白い封筒が真っ赤に染まっていった。
 見ると、封の口の所にカミソリの歯が仕込んであった。中には便箋が一枚入っていた、開くと、『死ね!!』赤マジックで殴り書きされていた。
 さすがの俺もこれにはビビった! 犯人は誰なんだ!?
 すぐに古賀の顔が浮かんだ、あいつが犯人かも知れない。――でも、待てよ。何か違うような気がする。
 中学から知っている俺としては、こういう危険なやり方はあいつらしくない。手紙にカミソリを仕込むなんて、いかにも女が使いそうな巧妙な手口だと感じた。
 そういえば、由利亜には熱烈ファンのサポーターがいたはずだ。いつも放課後のグランドにたむろしていた『ゆり系』の女生徒たちに……俺は相当恨まれているみたいだった。
 その後も何度か下駄箱に封筒が投げ込まれていたが読まずに全て捨てた。他にも体育館シューズに画鋲や虫の死骸が入っていたり、弁当を盗まれたこともあった。
 ――それからこんなこともあった。
 生徒会の用事で遅くなった俺は、学校の自転車置き場にあった、自分の自転車の前輪と後輪がパンクしているのを発見。両方ともパンクなんてオカシイ……あきらかに誰かの仕業だ。こんなの押して帰れないので自転車を置いて、徒歩で駅まで向った。
 学校を出たのが六時過ぎだった、辺りは夕闇で薄暗かった。人通りの少ない道を歩いていたら、背後からライトも点けず自転車が猛スピードで飛ばしてきた。寸前で避けたが、ブレーキもかけず突っ込んできた自転車には黒い合羽にフードを被った奴が乗っていた。
 雨も降ってないのに合羽とか……顔は見えなかったが、すれ違いざまにすごい殺気を感じた。もろに打つかっていたら無事では済まなかっただろう。
 この件を由利亜には喋らなかったが、執拗に攻撃してくる姿の見えない相手に警戒して、俺の神経はピリピリしていた。受験生なのに勉強にも身が入らない。このままだと何をされるか分からないという恐怖心も確かにあった。
 すっかり嫌気がさした俺は、由利亜と一刻も早く別れたいと思い始めていた――。












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