式神方程式

□金髪と見習い2
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 「……」
 僕は誰かに尋ねたくなった。この少女はいったい誰なのですか、と。しかし、肝心の少女は気絶しているようなので、事情はおろか名前を聞くことさえ出来ない。
 僕は失礼ながらもじっくりとその少女を観察した。西洋人形のように完璧に整っている顔立ち。腰まであるのではないかと疑ってしまうほど長く妖艶な金髪。金色の長いまつ毛。どこからどう見ても日本人には見えなかった。
 さらに、少女はその幼いながらも完成されている容姿に似合わない真っ黒なドレスを身に纏い、黒いバラの形をしたアクセサリーを耳につけている。到底普通の少女の格好とは思えなかった。
 彼女は誰なんだろう。どうしてここに現れたのだろう。
 「うーん」
 僕が色々な事に疑問を感じている時、少女がうっすらと目を開け始めた。僕は恥ずかしさのあまり即座に目をそらした。
 そういえば、女の子の顔をこんなにじっくりと見たのは久しぶりだ。
 そう思うと、僕の中にある羞恥心がさらにこみ上がり、同時にこんな自分が情けなくもなってきた。
 少女はそのまま起き上がり、こちらの方へ目を向ける。少女は困惑していることをうかがわせる表情をつくりながら薄桃色の口を開けた。
 「アンタ、誰」
 「へっ……」
 「だから、誰って聞いてるのよ、この鼻血面」
 僕は彼女の言葉で鼻にティッシュを詰めていたことを思い出し、額が急に熱を持ち始めた。しかも、急いでティッシュを抜き取ると鼻から生温かい液体が垂れてきた。そんな僕の姿はさぞ情けないことになっているであろう。そう思うと、僕は穴があったら入りたくなった。
 「……。僕は清水炎魔っていうんだ」
 僕は湧き出てくる恥ずかしさを我慢して名乗った。しかし、それがいけなかったのか、
 「はぁ。名前聞いてわかるわけがないでしょ。マヌケね。アタシが聞きたいのはアンタが何者で、いったいなんでこんなことになってるかってことよ。察しなさいよ、男女」
と少女は僕に向かって禁句ワードを放った。
 「僕は男女じゃない。れっきとした男だ」
 「何言ってるのよ。アタシより艶のある肌とかくりっとした茶色の目とか完全に女じゃないの。それに腰も細そうだし。そのくせ男装なんてして……。男だって言い張るなら後ろに束ねてる馬の尻尾みたいな髪の毛を丸ごと削ぎなさいよ」
 僕はすぐには言い返せなかった。なんせ、少女の言っていることはもっともだから、反論のしようがない。しかし、僕はそれでも男なのだ。いくら見た目がこんな男らしからぬものであっても。
 昔からこの容姿は僕の悩みの種だった。初対面の人からは女として扱われるわ、男女と言われるわ。その上、気になった女の子に告白しても、「自分より可愛い男子とは付き合う気になれないの」と毎回断られたため彼女をつくれず、この容姿にせいで男子に避けられたことで男友達さえもつくれなかった。全く、僕の容姿は災難しか持ってこなかった。この容姿のせいでどれだけ損してきたことか……。
 当たり前だが、少女はそんな僕の心情が察する事が出来るわけがなかった。それゆえ、
 「それよりも今の状況を説明しなさい。もちろん、そのうっとおしい髪を切ったあとでね」
と無頓着な言葉を言い放った。
 「……」
 ここで泣いてしまっては本当に女っぽく見えてしまう。しかし、僕はもうすでに泣きたくなっていた。この髪型は亡くなった父さんがほめてくれたから、ずっとこのままにしているのに。少女はそれを切ってしまえと言う。
 もちろん、初対面の彼女に僕の性別を正確に判別しろとは要求しない。それでも、僕の容姿について触れてほしくはなかった。
 「もう消えたい」
 「消える前にさっさと髪切りなさい。その後に、この状況を説明しなさいよ」
 この少女は鬼なのだろうか。人が今にも泣きたくなっているというのに。
 「……」
 僕は涙が流れるのを抑えきれなかった。涙を流している姿は、さぞ女らしく見えていることだろう。しかし、今の僕にとってそんなことはもうどうでもよくなっていた。ただ、泣きたかった。
 「わ、悪かったわよ。アンタは立派な男よ。誇っていいわ。だから、元気出しなさよ」
 少女は今更あたふたしながらも僕を励まそうとする。その姿からして、根は優しいのだろう。しかし、僕は少女の励ましが嘘くさいと感じてしまった。
 僕は少女を若干疑いつつも尋ねる。
 「ホントに…」
 「ほ、本当よ。この整ってて太い眉毛なんか、と、特に男らしいじゃない」
 少女はまたもや無神経な言葉を言い放った。なんせ、僕は今日先生に、『いいな、この眉毛。この眉毛だったらあのキャラのコスプレも似合うな』とほめられたばかりなのだ。やはり、少女の言動は嘘なのだろうか。
 「ほ、ほら、髪が長い男子ってかっこいいじゃない。サムライみたいで」
 その慰めの言葉は、わずかながら僕の心の琴線に触れた。たとえそれがかなり嘘くさくても。
 「そう」
 「そうよ。いいんじゃないの」
 情けないことに、僕は『サムライ』と言われたことが純粋に嬉しかった。この髪は自分にとって自慢なので、心のこもっていない言葉で褒められたとしても嬉しいことには変わりなかった。
 「あ、ありがとう……」
 僕がお礼を言うのは少し筋違いだと思ったが、とりあえず涙を拭いてお礼を述べた。
 「どうもいたしまして。それよりもなんでこんなことになってしまったのよ」
 どうやら少女は僕に言ったことを忘れているらしい。僕は少しムッとして切り返した。
 「それは君が僕のことを男女なんて言うから……」
 「そのことじゃなくて、アタシが閉じ込められてることに関してよ」
 僕はどこにもぶつけることが出来ない何とも言えない怒りを抑えつつ、少女の置かれている状況を改めて観察する。少女は半透明な正四面体の中で座っている。他に変わった様子はない。ということは、考えられる可能性は一つだ。
 「無気二十七術式か」
 「何なの、それ」
 少女が少々興奮した面持ちで疑問を投げかけてきた。どうやら、少女は陰陽師のことを知らないらしい。ほとんどの人が知らないことなので当たり前だと言えば当たり前なのだけれども。
 そんな少女を前にして、僕は少し得意げになって説明した。
 「無気二十七術式っていうのは、罪を犯した陰陽師や妖怪を捕縛する為に生まれた術なんだ。詳しい原理とかはまだ分からないけど、多分術を練習するために使った札が時間差で勝手に発動して君を閉じ込めたんだと思うよ」
 僕が説明し終わった後、少女の肩がなぜかプルプルと震え始めた。僕はなんともいえない危機感を覚え、少し後ずさりしてしまった。
 「結局アンタのせいじゃない。早く解除しなさい!」
 少女は可愛い顔に似合わない憤怒の面を浮かべて僕に早期解決を求めた。
 僕は急いで散らばっている本の中から必要な教科書らしきものを取り出した。そして、少女にかかっている術の詳細を探し始めた。
 「何、その真新しい本」
 「この本には一年生が習う術の詳しい説明が書いてあるらしいんだ。ここから探せば何かわかるかもしれない」
 そう伝えた瞬間、少女は希望に満ちあふれた笑顔を浮かべていた。おそらく、少女は頭の中でここから抜け出す妄想でも描いていることだろう。
 しかし、そんな期待をよそに僕は少々不安に思っていた。僕は正直この教科書もどきをあまりあてにしていない。なんせ、この教科書は術を使う方法は書いてあるのに、どうすれば上手く術を使えるようになるのか、どう応用できるのかについては全く触れていないのだ。
 少女の不安を煽るかもしれないので、そのことを口に出さずに黙々と目的のページへと読み進める。
 「あった」
 「早くしなさいよ。この中って何か気持ち悪い感じがしてて嫌なのよ」
 僕の達成感は少女の一言でぶち壊された。しかし、そんなことでめげていたら一向に事が進まなくなるような気がしたので、早速術の解読方法を探ろうとする。しかし、努力も空しく何も見つからない。書いてあるのは術の使用方法と効果だけだ。
 「どうしたのよ」 
 少女は不安げな声色で僕に言及した。しかし、僕は答えることが出来ない。このままでは少女があまりにも不憫なので、僕はもっと注意深く、それこそ穴が空くどころか消滅させる勢いでそのページをのぞきこんだ。
 その結果、やっとの思いでページの一番下にある補足説明らしきものを見つけた。それはなぜ今まで気付かなかったのだろうと思ってしまうほど分かりやすい場所にあった。灯台下暗しとはまさにこのことだ。
 「解除方法がわかったよ」
 「ホントに」
 少女は目を輝かせてこちらに身を乗り出してきた。しかし、結界があることを忘れていたのか、少女は勢い余って結界に額をぶつける羽目になった。
 「ぅぅ……痛ぃ」
 「大丈夫」
 「だ、大丈夫よ。それよりも速く説明して」
 僕は少女の要望に応えるため、説明し始めた。
 「この術は使用者が術に使った札を破くしか解除出来ない。また、使用者とその付属品は使用者自身が作り上げた結界をすり抜けることができる。これは他の術にもあてはまることである、って書いてあるよ」
 「どういうこと」
 「君の体のどこがしらに付いてる札を僕が破けばいいってことだよ。だから、札がどこにあるのか探してくれる」
 無気二十七術式は使用者が術の対象に選んだ妖怪や陰陽師に向かって札が飛んでいき、対象を中心として正四面体の形状の結界を展開する術である、と僕は先生から教わっている。対象がいない時、または術者が対象を意識していない時はそのままの状態の札を中心として正四面体の結界ができるらしい。しかし、今回は対象がなぜかこの少女になっているので札が少女に付いていると推測した。
 「これのこと」
 少女は僕が目を離している間にどこからかくしゃくしゃになっている札を取り出した。
 「どこにあったの」
 「……まあ、どこでもいいじゃない」
 少女は視線を落としながら、どことなく落ち込んだ様子でそう答えた。
 「じゃあ破くからちょうだい」
 少女は暗い表情を浮かばせて原因の札を渡してきた。いったい何に対して落ち込んでいるのだろうか。
 僕は疑問を抱きつつもビリビリと札を破る。すると、少女を覆っていた半透明の結界が消滅した。
 僕はウーンとうなりながら伸びをする少女に尋ねた。
 「これでいい」
 「よくないわ」
 僕は予想外の答えに思わずたじろいでしまう。少女はこれ以上何を求めるというのだろうか。
 「何で」
 「だって目的が達成出来てないもの」
 いつの間にか少女は立ち上がって座っている僕を見下ろしていた。心なしか彼女の目が据わっているようにも見える。僕はいやな汗が垂れるのを感じた。
 「目的って」
 僕は戸惑いつつもそう尋ねる。すると、少女は先ほどとは打って変わって魅力的な笑みを浮かべた。僕は思わずその笑みに見とれてしまった。
 「食事をとることよ。だから……」
 僕は拍子抜けした。何だ、そんなことか、と。しかし、僕はなぜか心の不安をぬぐえなかった。少女の笑みが一瞬悪魔のように見えたせいだろうか。
 「アンタをちょうだい」
 「へ……」
 僕は彼女が何を言っているのか理解できなかった。その隙に、少女はどこから取り出したのか、真っ黒な鎌を構えた。
 「言い忘れてたわ」
 ドロシーは漆黒の鎌をまっすぐに構えながら僕を見据える。まるで、獲物をしとめようとしているライオンのように。
 「アタシの名前はドロシー。人間を食べる、妖怪よ」
 その言葉とともに、僕めがけて漆黒の鎌が振り下ろされた。

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