式神方程式

□金髪と見習い1
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 僕は小難しい教科書らしき本の一ページをじっと覗き込んでいた。
 「うーん……」
 かれこれ三時間ぐらい課題を取り組んでいるが、得られた成果は全くと言っていいほどない。これ以上挑戦しても無駄だと気づいてはいる。しかし、あきらめることは出来なかった。僕の石ころ並みのプライドが、寝る、という至極簡単な答えに甘えるのを拒絶していた。
 僕は教科書もどきを閉じて神経を集中させる。全身の力を抜き、札を右手に構える。そして、そのまま札を投げて、
 「無之気ヨ、我ニ力ヲ与エヨ。二十七之式、四点結界」
と唱えた。しかし正四面体をつくりだすはずの札は空しく宙をひらひらと舞っていた。
 「はぁ」
 僕は思わずため息をついてしまった。かれこれ九十八回も課題に挑戦しているのに、札には何の変化も見られない。しかし、これしきで諦めたくなかった。先生に、『この術は結構簡単だからさ、今日中に終わらしとけよ。他に出したい課題も山ほどあるんだしよ』と、からかうような口調で言われた後だと特に。
 気分転換にと布団の上でごろごろしていると、自分の部屋の汚さが目に入った。まだこの家に来てから一カ月も経っていないというのにどうしてこんなになってしまったのだろう、と自分でも疑問に思ってしまう。
 部屋にタンスや布団以外に目立つ家具は見当たらない。しかし、それとは真逆に部屋には教科書らしきものや筆記用具などが折り重なって散乱している。その上、スナック菓子の袋などをゴミ箱にも入れずに放置しているため、その汚さが一層際立っていた。
 そろそろ片づけなきゃな。
 そう思った時、一冊の教科書らしき本が目に止まった。いかにも怪しそうなその本の表紙には『妖怪との契約法:初級編』と書かれていた。
 「……」
 僕は今読んでいた教科書もどきを放り投げて、その怪しげな本へと手を伸ばした。そして、目次へとページを進ませて自分が今一番読みたい項目を探す。
 「式神契約については……」
 僕は思わず呟いてしまった。なんせ、式神について書いてある本を読むのは初めてのことだ。興奮しないほうがおかしいだろう。
 これでやっと、僕にも式神が……。
 そう思うだけで、自分でもわかるほど顔をゆるませてしまう。
 僕は自分がわくわくしているのを感じながら、目的のページ探すために目次欄へとページを進ませる。
 「見つけた」
 四ページ目の右上にしっかりと『妖怪との基本的な契約方法』と書かれていた。詳しいことについては七十五ページに載っているらしい。
 「うふっ……」
 つい自分でも不気味だと思ってしまうほどの奇声を漏らしてしまった。はたから見ればさぞ気持ち悪く映っただろう。
 変な本を片手に怪しげな声を発する少年……。かなり不気味だ。
 しかし、今の僕にとってそんな些細なことはどうでもよかった。なんせ、これで僕にも念願の式神を得られるのだ。周りなど気にしていられない。
 僕は若干興奮しながらも、目的のページへと手を進ませる。目的のページへと辿り着くと、僕は思わず目をそむけたくなった。
 そのページにはたくさんの細かい文字が羅列されていた。それに加えて、頭が痛くなりそうな訳の分からないことがびっしりと書かれていた。
 「……」
 とりあえずもうこの本を読むことはやめよう。課題がここから出ているわけでもない。それに、式神もおいおいつくればいい。
 そう確信した時、ふとある項目が目に止まった。そこには『妖怪との契約のための基礎知識』と書かれていた。
 僕は眠たくなるのをこらえながらも必死にそのページを読もうとした。読み進めるたびに、僕の目は重力に負けそうになる。時間が夜の十二時なのもあって、眠気は最高潮に達していた。しかし、やはりそのページを読まずにはいられなかった。それほど、僕にとって式神は魅力的なものであった。ある項目を読むまでは。
「ぶっ」
 不覚にも、僕の口から息が勢いよく吐きだされた。先ほどまで襲っていた眠気も一瞬で吹き飛んでしまう。それほど、僕にとっては衝撃的だった。
 僕は思わず同じ文面を読み返した。しかし、書いてあることは変わらなかった。
 「ね、粘膜って」
 ついいかがわしい方向へと想像してしまう。もう一度読み返してみると、『妖怪との契約を結ぶには以下の方法がある。より正確に契約を結ぶ方法は、力渦、俗にいうパワースポットと呼ばれている特殊な土地で五芒星の陣を描き、その陣を媒介として主と式神となる妖怪の両者の魂力を結び付ける方法である。また、比較的容易に行える方法は、無気十七式を用いて術式専用の紙を疑似的な陣へと変化させ、それを媒介として結ぶ方法である。しかし、この方法は高度な術者にしか行えない。そして、誰にでも使え、かつ容易に契約を結ぶ方法は、主と式神となる妖怪の両者の粘膜を接触させ、直接魂力をつなぐ方法である。しかし、この方法は不安定であるため、再び他の方法で結び直さなければならない。また、この方法で自身の魂力を他者に分け与えることも可能である。なお、実態のない妖怪が相手の場合は使えない。』、と書かれていた。残念なことに、書いてあることは何一つ変わっていない。見間違えている箇所さえなかった。
 僕は静かに本を閉じた。この分には所々意味不明な単語が混じっている。その上、本の裏表紙には二・三年生用と書かれていた。やはり僕にはまだ早いのかもしれない。
 そういえば、先生はどの方法を使ったのだろう。まさか……。
 僕は思わずいかがわしいことを考えてしまった。そのせいか、額が熱くなるのを感じる。僕は誰にも見られていないかを確認するために辺りを見渡した。
 よかった。どうやら先生はいないようだ。こんなところを見られていたら、何と言われることやら。
 僕は辺りを見てそう安堵した。僕は先生こと白井由紀先生にこんな恥ずかしいところを見られるわけにはいかない。
 先生のことを両親がいない僕を引き取って陰陽師として弟子にしてくれた恩人だと思っている。しかし、先生はいつも僕をからかって遊ぶことを生きがいにしている。そんな訳で僕は隙を見せるわけにはいかなかった。
 僕は先生がいないことの安心感に浸っていると、何者かが突然僕の肩を叩いた。そして、どこからか聞いたことのある声が聞こえてきた。
 「おい。もう寝ろよ。十二時過ぎてるぞ」
 僕は不意を突かれたせいで肩をビクッと反応させてしまった。もう一度念入りに辺りを見回したが、誰もいないように思える。声は近くから聞こえたのでどこかにいるはずなのだけれども。
 「ここだっての。ここ」
 言葉づかいとは似ても似付かない上品な声とともに、突然僕の目の前に東洋のお姫様を連想させるような美しい顔がパッと現れた。後ずさって転んでしまったせいで、たくさんの本の上に尻もちをついてしまった。本の角が尻に食い込んで痛いことこの上ない。
 その顔の持ち主は漆黒のポニーテールを右手で掻き上げながら、
 「驚いたろ、炎魔」
と上品な顔立ちをぶち壊すような下品な笑みを浮かべた。
 「どうやったんですか」
 僕はポーカーフェイスを保つことに必死になりながら問いかける。
 しかし、先生はそんな僕の浅はかな心を見透かしていたようだ。先生は僕の右肩に手を置いて、
 「大丈夫。誰にも言わねぇって。炎魔は教科書ごときで興奮する変態ヤローですってな」
と爆弾を投下した。そんな先生の暴言は僕の羞恥心を目覚めさせるのに十分だった。
 さらに、先生は追い打ちをかけるように、
 「あと鼻血垂れてるぞ。ふけよ。ほらティッシュやるから」
と付け足した。
 そんなマンガみたいなことがあってたまるか。ポーカーフェイスを保とうとしていた僕がバカみたいじゃないか。 
 僕はそう思い半信半疑で鼻下に手をあてた。すると、残念なことに手には少量ながらも確かに血がついていた。
 僕は顔から湯気が出るのではないかと疑い始めるほど恥ずかしくなった。いや、もう恥ずかしいなんて言えるレベルを超えているかもしれない。例えるならば、中二病ではないのに劇で中二病っぽい演技をさせられるぐらい恥ずかしい。
 先生はそんな僕の姿を見て、
 「じゃあ早く寝ろよ。ぷっ。それとも興奮して寝れないか。くく」
と腹を抱えていた。
 「せんせ…」
 「じゃーな。寝ろよ」
 残念なことに、先生は僕が色々と弁解する前に退散していった。
 「はぁ」
 先ほど先生と話していた時間は僕を疲れさせるのに十分だった。そのせいか、僕はプライドを捨てて早く寝たいと思うようにまでなっていた。
 僕は先生から受け取ったティッシュを鼻に詰めて、再び教科書を手に取った。精神的な健康のためにも、僕はもう寝た方がいいだろう。しかし、僕はまだ先生が『超簡単』とけなした課題を終わらしていない。終わらせるまでは僕のちっぽけなプライドが寝るのを許さないのだ。正直なところ、もう床に就きたいのだが。
 僕は教科書通りに札を右手に持ち、息を整え、神経を集中させる。そして、イメージを頭の中で何度もつくり上げ、札を適当に投げつける。
 「無之気ヨ…」
 「ぎゃっ」
 術を唱えようとした時、後ろから突然ポン、バコン、とリズムよく音が鳴った。その音が鳴り終わった後、誰かの間の抜けた呻き声が聞こえ始めた。
 「うーん……」
 振り返ると、金髪の少女が半透明の正四面体に閉じ込められていた。どのようにしたらこのような状況になるのか見当もつかない。
 一体どこから入ってきたのだろうか。
 僕は突然のハプニングに戸惑いながらも、
 「誰」
と問いかける。
 そんな僕に少女は何を思ったのか、
 「最…後に…食べた…かった」
と見当違いの答えを返して、そのまま白目をむいて気絶してしまった。

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