仄神‐シキガミ‐
□第三輪
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「あの……」
「何?」
「い…犬上(いぬがみ)さんって、委員長なんですか?」
「一年ができるわけないだろ」
「あっ、ですよね」
生徒会から隠れるために連れてきてもらった、風紀委員室。
近くにあった丸椅子を借りて、特にしゃべることもなく、帰りの時間が来るのを待っている。
そう、何もしゃべることが、ない。
「……」
並んでいる事務机と椅子。
その一つに腰掛け、雑誌のようなものをつまらなそうに眺めている犬上さん。
他に委員の姿もない。
理由を考えてみて気づく、まだ授業時間だという現実。
(……あれ?そうだ、授業だよ)
「あの……犬上さんは、授業出なくていいんですか?」
そう尋ねると、犬上さんは雑誌から顔を上げ、じっと私の顔を見つめた。
「……よくはないな」
……ですよね。
苦笑いする私を見て、犬上さんは溜め息を吐いた。
赤の他人に迷惑をかけてしまった、それがなんとも申し訳ない。
すると、犬上さんは、
「でもここ使うのに、委員-俺-がいた方が都合いいだろ」
と付け足した。
「……た、確かに…」
私は、少々面食らった。
失礼ながら、お世辞にも愛想がいいとは言えない彼が、意外にも気を遣ってくれているとわかったからだ。
「なんか、すみません」
「いや」
犬上さんはそう言って、また雑誌に目を移した。
同時に、またやって来る沈黙。
外では、どこかのクラスが体育をやっているようで、賑やかな声が聞こえる。
時計の針が動くのを見つめつつ、仕方ないので何か本でも読もうかと、鞄の中を漁っていると、
「……あのさ」
と、今度は犬上さんが話しかけてきた。
「なんですか?」
本を探すのをやめると、彼は雑誌を閉じてこちらへ椅子を移動させた。
膝を向かい合わせ、拳一つ分程の距離を置いて、目の前に近づいてきた犬上さんは、またじっと私を見つめた。
(なんだろう、私、なんか顔に付いてるのか?)
思えば、屋上でも、私の顔を睨んでいた気がする。
別に構わないけれど、何も言わないで無表情、というのが怖い。
「あの…犬上さ」
「それ」
なかなか彼が言葉を続けないので、私が促そうとすると、言い切る前に遮られた。
「え?」
それ?
やっと口を開いたかと思えば、指示語が飛び出てきた。
(どれ?)
首を傾げてみる。
「えーと、あの?」
「その、『犬上さん』って呼び方、やめてもらえると嬉しいんだけど」
「……あ、え?いや、呼び捨てはちょっとまだできないです」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
「苗字で、呼ばないで欲しい。『響(きょう)』でいいから」
……。
私は、ふむ、と考えた。
そして、もしや、苗字が苦手なのかもしれない、と思った。
実際、たまにそういう人はいる。
犬上、なんていう風に、動物の名前なんかが入っていると、言葉の響きより先にからかわれるターゲットにもなるだろうし。
下らないことで納得していると、
「……無理にとは言わないけど」
黙っていたためか、犬上さん申し訳無さそうに言った。
慌てて首を横に振り、「大丈夫です」と言う。そして、少し考えてから、
「じゃあ、響…さん、で、どうでしょう?」
と、提案してみた。
すると、相変わらず無表情だが、どこか満足げに響さんは頷いた。