文
□熱のせい
1ページ/1ページ
「こんにちは〜!」
勝手知ったる皐月家に上がり込むのは幼い頃からのことだ。玄関の鍵が開いているということは家人の誰かは家にいるということだろう。しかし、何度大声で挨拶をしても誰も出てこなかったので仕方なくキッチンに行き、母からの頼まれごとを済ますことにした。
「と、言ってもりんごのお裾分けなんだけど、っと。」
袋の中にごろごろと詰め込まれたりんごはテーブルに置くとごとりという音を立てた。冷蔵庫にかかったホワイトボードにペンでメモを書き残す。
「親戚からいただいたりんごです。皆さんで食べてください…っと。」
卯月、と最後にサインしてペンのキャップを閉めたとき、背後でガチャっとドアの開く音がした。
「千尋?いるなら声かけてくれればよかったのに……?」
そこに立っていた幼馴染はふらふらと此方に近づいて来たと思えば、突然に私の肩を掴んでその場に座り込んでしまった。驚いて体に触れると体温にしては熱すぎる。
「千尋熱あるじゃん!部屋戻って…」
肩を掴んで体を起こそうとしたその瞬間、頬を掴まれ唇に熱い感触。
「っ…ん、」
初めてではないけれど慣れないそれにびっくりして千尋の体をぐっと押した。千尋にはわたしの非力な押しなんて効かなくてもっと口内を犯される。
息ができない、苦しい、ふわふわする、気持ちいい、いろんな感情で頭の中がぐちゃぐちゃになった時、玄関のドアが開く音がして我に返った。千尋の体から力が抜けた瞬間に体を離す。口をぐいっと拭うと開いたキッチンのドアからもう1人の幼馴染が顔を出した。
「優花さん。…と、あれ?兄さん?」
「あ、葵ちゃんっ。おかえり…っ。あのさ、千尋熱があるみたいで…部屋運ぶの手伝ってくれないかな?」
「えぇっ!?本当だ、熱い。すみません、優花さん。ほら、兄さん立てる?部屋行くよ。」
さっさと千尋の体を持ち上げる葵ちゃんはやっぱり男の子だな、としみじみ思う。とにかく今はこの顔の熱が早く引いてくれますように。そんなことを思いながら、ふらふらとその場に座り込んだ。