春が来れば

□小狐丸と少女
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私が私であることを、私を私と認めない人が蔑んだ。






どうして誰にも見えないの?


ここにいるのに、どうして気が付かないの?






誰も知らない秘密。



私だけが知っている事実。







されど事実は、真実である。



















「小狐丸」


「はい、どうしました?」




少女は笑みを浮かべ、大きな狐を呼ぶ。


大きな狐は少女の声が自身の銘を紡ぐその音に、喜びで心を震わせた。




「あのね、今日もまたあそこに行きたいの」


「ではお供致します」


「今日はもっと上手に作って、小狐丸にあげる」


「主様の作られたものならどのようなものでも嬉しゅうございます」




少女を主と慕い無償の愛をくれる彼を、彼女は家族のように感じていた。


ずっと一緒にいてくれて、遊んでくれて、何でも聞いてくれて、優しくて……


そんな存在が家族や親だとするならば、果たして少女に家族と呼べるものはいただろうか。























私を腹に宿した母は、最初の内はきっと普通の母親たちと同じ気持ちだったことだろう。


喜びに満ち溢れ、幸せな未来を想像していたに違いない。




私が生まれてからは、どうだったのだろう。




周りに白い目で見られ、気味悪がられ……
私の行いが一般的に奇行だとすれば、自分の子といえど嫌気がさすのも仕方ない。



両親は物心ついたときにはいなかった。


私を嫌う大人が丁寧に教えてくれたことには、どうやら私が眠っている間に夜逃げしたらしい。


それなのにどうして私はすくすく育ったのだろうか、わからない。



両親を憎んだりはしない。

自分を嫌う人と共にいる方が異常なのだ。





「ああ、なんて気持ちが悪い」


「こわやこわや……」


「さっさと遠くへ嫁に行ってしまえばいいのに」




私に気付くと井戸端会議を中断させ、ひそひそ話す村人たち。


これくらいなら慣れたものだ。


石を投げられたり、砂をかけられたりするのは勘弁願いたいが。





誰にも目に見えないものが、生まれてすぐから見えていた。


私にその記憶はないけれど、赤子の私は顔を覗き込む人の背後や宙ばかりを追視しては笑ったという。


何を見ていたのか、そこに何がいたのかは定かではないが、そこに何かがいたのは確かである。



きっと生まれた時から私は人並外れた霊力を持っていて、常人に見えぬものが見えていた。




確かに誰にも見えないモノの姿は、目の前の“人間”といわれる生き物と違ったところがいくつかあった。


ふわふわ宙に浮かんでいること、足元が半透明なこと、肌が蒼白なこと……そして何より、









彼らは生き物よりはるかに自由だった。



















「私の髪は黒いのに、どうして小狐丸の髪は真っ白なの?」




花畑の真ん中で、色とりどりの花々に囲まれて花冠を編む少女。


その齢は四、五歳といったところだろう。




彼女が行きたい場所とは花畑だった。


そこは彼女が山に入る前までは荒れ果てた野原だったが、強い霊力は枯れた草花にも生命の息を吹きかけた。


季節は秋。


しかしここは、まるで季節を忘れたかのように、生き生きとした自然が広がっていた。




「さて、どうしてでしょうねぇ」


「どうしてかなぁ」


「もしかしたら……いえ、何でもありません」




主様の髪色と番うためなのかもしれませぬ、と言いかけてやめた。


“番う”という言葉の意味を理解するには少女が幼すぎると思ったからである。




「小狐丸は私の名前を呼ばないけれど、それはどうして?」


「私は主様の名前を呼べません故」


「呼べないの?声に出すだけじゃない」




さて、何故でございましょう。



少女は自身のわからぬことを質問するが、その答えは彼女には理解できぬものばかり。


なんと返せば良いものか。





この少女の名を呼ぶことは簡単なことだ。


彼女の言う通り、声に出せばいいだけなのだから。




「あえてその答えを申すのであれば……」




意味深に言葉を繰り出せば、興味津々の少女は目を輝かせた。




「私が神であること、ですかね」




しかし、この答えが彼女を納得させられる力のあるものだとは思わない。








何故なら……




「どうして、神様だと名前を呼んではいけないの?」




この少女の探究心が、海より深く山より高いからである。






















ーある日、村のひときわ大きな家に呼ばれた。


案内された部屋には、たくさんの大人が鎮座していた。




「名無しよ、この村が食物に飢えているのは知っているな」


「……」


「そこでだ……







貴様を神に捧げる生贄とすることにした」








長老の言葉は絶対。




断るという選択肢すら私には与えられていない。


あるのは、命を聞き入れる選択肢だけ。




「役立たずでもこの村の役に立てるのだ、ありがたく思え」


「はっはっは、違いない」


「明日、早朝だ。禊祓詞を済ませておけ」




悲しかったわけでも、嫌だったわけでもない。


むしろ、この村から離れる自由が与えられた……と、喜びで満ち溢れていた。




山の祠へ入れば、死を待つ間、自分の話を聞いてくれるような相手も見つかるだろう。


例え私が誰と会話をしようと、それを蔑むものはきっといない。




それに村に不必要な力も神様なら必要としてくれるはずだ。


だったら私は、ヒトの傍よりもカミサマの傍に行こう。




「わかりました」

















今はこんなにも





(……様……)

(……主様!!)

(あ……と、なあに?)

(どうかなさいましたか?)

(何でもないよ……)

(……)

(あ、そうそう!畑の大豆、明日には収穫できそうだよ)

(なんと)

(お稲荷さんたくさん作ろうね)

(主様……!!)






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