春が来れば
□審神者と一期一振
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ーカチ、コチ、カチ……
静かな部屋には時計が時を刻む音が響く。
「あの、お兄さん、そろそろ休憩を」
「はい?聞こえませんな、もう一度お願い致します」
「あの、休憩を……」
「何 か 言 い ま し た か な ?」
「何でもありませんごめんなさい」
さっきまで弟たちににっこり笑っていた王子スマイルはどこへやら。
本日の近侍を務めますは一期一振。
我が本丸の(審神者に)厳しい刀剣ナンバーツーである。
魔王様(一期一振)は、書類整理が大嫌いなな名無しを監視するかのごとく襖の前に礼儀正しく鎮座している。
しかも、笑みを浮かべて。
そのためこっそり逃げ出すどころか手を止めるとこも許されない。
「い、一期、弟たちと遊んできてもいいんですよ、きっと待ってると思います」
「そうですな……」
考える素振りをする一期一振に、口角が上がるのを隠せない名無し。
しかし
「では、本日の業務が片付きましたら是非、主が遊んでやってくださいませ」
「……はぁ」
彼には口で勝てないことをそろそろ認めたほうがいいのかもしれない。
「……お、おわった」
絶対腱鞘炎になる、と乱雑にペンを置き、机に倒れる名無し。
机の上に山積みだった書類を切り崩し、平地とするまでに1時間半。
何度時計の針を見遣ったことか。
これは新記録かもしれない。
一期一振に関しては、お疲れ様です、と審神者の作業の流れを見てお茶の準備までしているあたり、流石としか言いようがない。
「はぁあ〜、ほっこりする……」
「よく頑張りましたな」
「ふふ」
まったく、飴と鞭の使い方が上手である。
一期一振は弟たちを褒めるのと同じように名無しの頭を撫でた。
しかも王子スマイルのオプション付きで。
「それにしても今日は寒いですね」
「そうですね、弟達は皆でこたつにあたっております」
「そうだよね〜」
粟田口部屋には小さめのこたつを二つ置いてある。
なんせ人数が多いのだ。
出陣、遠征、内番と役割があれば滅多に全員揃うことはないが、兄弟みんなが集まれた時には楽しく話しながら寛いで欲しいと思ったからだ。
そして今日は偶然、粟田口の兄弟が揃って休暇の日で、もちろん一期一振も含まれていた。
しかし本来近侍となるはずだった三日月がぎっくり腰となり、昨日に引き続いて彼が近侍を務めることになったのだった。
※経緯は前話参照
刀剣もぎっくり腰になるのか……
おっと、笑いそうになるが堪えなくては。
そもそも三日月がぎっくり腰になったのは名無しのせいである。
昨日の事件を思い返し、全ての原因が自分にあったことを痛感する。
「ごめんね、一期」
「何がですか?」
「ほら、私のせいで」
せっかくのお休みに皆で団欒できなくて……とだんだん声が小さくなる名無しにそんなことありませんよと優しく笑う一期一振。
再び名無しの頭を撫でると、頬を己の手で包み顔を上げさせる。
すると少し涙目の名無しとやっと目が合った。
「そのおかげで、あなたと二人で時間を過ごせるのですから」
「一期……」
「確かに弟たちと団欒できないことは残念ですが、私は今とても心が満たされています」
「ふ、うぇえん……!ごめんね、ありがとう」
やはり泣きだしてしまったか。
一期一振は目の前の小さな肩を抱き寄せる。
近侍を務められるのはふた月に1度ほど。
ずっと審神者といることができる役割でもあるので、万が一空きが出た場合はその倍率はとても高い。
いつもは短刀が優先されてしまうが、今回は審神者の業務が偶然にも2日に渡るものだったため、内容を理解している自分が適任だと一期一振が率先して手を挙げたのである。
「どうか私のために泣かないでください、それでは弟たちに心配されます」
「ふはっ、確かに。これじゃあ一期が泣かせたことになっちゃう」
そうなれば特に乱がだまっていないだろう。
次に彼が近侍の日、自分と変われと言い出すかもしれない。
名無しは目尻に溜まった涙を拭った。
「それに、失礼を承知で申しますが、今日の近侍が三日月殿であったらあの書類は終わらなかったでしょう」
「ふふ、言えてる」
「彼はあなたを甘やかしますからなぁ」
この前、茶菓子が減っておりました、三日月殿の仕業でしょう、とにっこり黒笑を浮かべる一期一振にひぃっと悲鳴を上げる。
「まあ、お説教は後にして……まずは休憩としましょうか、弟達が待っております」
「……うん、そうだね」
近侍
(主!お待ちしておりました!)
(やっときたー!遅いよもう〜!)
(それが一期が離してくれなくて……)
(嘘はいけませんな、主)
(あいたたた!痛い痛い!DV反対!)
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