春が来れば

□三日月と審神者
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「あなや」







感嘆の声を漏らしたのは、天下五剣が一振り、三日月宗近である。

驚きとともに口元を狩衣の袖で隠すその仕草はさり気ないものだが実に優美であった。




さて、その理由は彼の主、審神者にあった。




審神者の自室はというと、本丸の離れにある。

母屋と同じく畳が敷かれ外界と区別するのは障子であるが、今は開け放たれ風通しが良い。


机の上に重ねられた書類は、文鎮の下でパラパラと音をたてている。




そしてその部屋の中央、布団や座布団も敷かれていない畳の上に、目当ての人物がうつ伏せの状態でまるで倒れたかのように寝転がっていたのだ。

例えそれが千年も時を過ごした刀剣であっても驚くのも無理はない。


果たして眠っているのか、救急救命が必要な状態であるのか、ここの本丸の古株の刀剣ならば前者だとすぐにわかっただろう。

しかし三日月が来てまだまだ日が浅い。

判断を渋るのは仕方ないことだった。




三日月は部屋を覗き込むように名無しを呼んだ。




「……主よ」


「何よ」


「……」


「……」




決してこの二人(正確には一人と一振り)は仲が悪いとか、そういうわけではない。


顔を向けることなく返事をした名無しを見て、三日月の表情は驚きから呆れに変わった。




「……ただの休憩よ」




昼寝でもしないとやってられないの、と言いながら名無しは起き上がる。



ふあ、と一つ欠伸をする。



三日月が部屋に来たのは知っていた。


昼寝といえど微睡んでいた程度だったのだろうか、少し頭が痛い……。




乱れた髪と袴を直し、未だ立ち尽くしたままの三日月を見上げる。




逆光ではあるが改めて見てみると、端整な顔立ちに名の通り三日月の浮かぶ瞳が良く映える。


自らをじっと見つめる名無しに三日月は首をかしげる。

その動きに合わせて、さらりと黒髪が、シャラと髪飾りが揺れた。




そこで、はっと自分が三日月を見つめていたことに気付き、なんでもないと目を逸らす。




と、ふと目に留まるのは机の上に積み重なった書類の山。


政府からのもの、家からのもの、同じ審神者仲間からのもの……内容は他愛のない手紙から重要な機密まで、いろいろ混じっている。


一週間ほど本丸を空けていた間にたんまり溜まっていた。



あの全てに目を通して、書類を分けた上にサインをして、送り返して……ああ忙しい。




「あ、」




ため息をついて書類に手を伸ばそうとしたところで、三日月がいたことを思い出した。


彼は今日近侍ではないのに、と不思議に思い再び彼を見る。




「三日月、何か用事でした?」


「何、茶を飲もうと思ってな」


「……」


「……」


「それだけ……?」


「ああ」




きょと、と黒い眼を見開く名無しににっこり笑って頷き返す三日月。




……まあ、お茶に付き合ってからでも遅くはないだろう……なんて、この考え方がいけないんだろうな。




だから長谷部や一期にいつまでも書類整理が終わらないと文句を言われるのだ。


しかし今日の近侍は彼らでもない。


確か鯰尾だったな、そういえば彼はどこへ行った。


また馬糞遊びでもしてるのかな。


ああ、夕飯はどうしよう、今日はみっちゃんが遠征でいないんだっけ。


いけない、きよにも新しいマニキュアを渡さなきゃ。




色々なことが頭を駆け巡って何だか面倒くさくなり、どっこいしょと立ち上がる。




「さて、お茶の用意をしてきます」


「俺も行こう、茶菓子の隠し場所がわかったのでな」


「なんと!よくやりました!」


「はっはっは。これしきのこと、じじいにとっては朝飯前よ」


「おじい…………大好き!!」


「そうか、俺もだ」




ひしっと名無しは三日月に抱きついた。


三日月も名無しの背に腕を回す。




お菓子は名無しの完食・暴食防止と、名無しが短刀を釣るためのエサとしての利用防止のため、一期一振が隠してしまっていた。



それを見つけたとあっては誉を与えなくてはなるまい。




「ちなみに、場所は?どこにあります?」


「それは内緒だ……それより急がなくていいのか?」




間もなく第一部隊が帰還するのでは?という三日月に焦る名無し。


今回の第一部隊には自分に厳しい刀剣トップツー、長谷部と一期一振がいるのだ。




まさか話をそらされたとは思わずに、早くしないとと母屋へ走っていく。


その後ろ姿を見てフッと笑みを浮かべる三日月。




菓子の隠し場所を知った三日月に、今度は自分が茶菓子に釣られてしまうことになるとは夢にも思わない。












マイペース二人。








(ところで主よ、庭に供えてあった油揚げだが……)

(……!!)

(狐のやつが食ろうておったぞ)

(え!?まさか!!)

(ああ、すまんな、語弊があったか。こんのすけの奴だ)

(まさかの狐違い……!!(あの泥棒狐……!!)







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