夕闇少女

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1年たった今でも変わらず私に話しかけてくる花京院の存在に私は慣れつつあった
そっけない言葉で返しても、彼は変わらず笑うのだった。
今思えば私はうぬぼれていたのかもしれない、彼なら、私を理解してくれるのかもしれないと。

学校の掃除をしていた時だった、私と花京院は班が違うため掃除場所が違う
サボるものもいて結局まともに掃除している人は私だけとなる、一人で掃除をしごみを捨てに行こうと思ったときだった
教室に人影がある....よくみると花京院もいるようだ、女子生徒数名に彼はじっと見られていた、
私にしては珍しく気になり、声をかけようとした時だった

「ねぇ、花京院君ってさ、なんで愛といつも一緒にいるわけ?」

私の名前が出たことと女子生徒が花京院に話しかけていることに気が付き咄嗟に扉の後ろに姿を隠す
聞き耳を立てるなんていい事ではないかもしれないが、私の名前が出ているのだ、無関係ではないだろう。
そっと息を殺して聞いていると____________

「あの子って暗いしさえないしどこがいいの?」
「お化けみたいだよねー」
「だよねー言えてるっ!」

誹謗や中傷、そんなことは今さらだった
なんだ、そんなことか、だったらどうでもいい、花京院はそういうのは気にしない奴だ
彼は聡明だし、それに自分はうぬぼれていたのかもしれない
だから不安なんてなかったんだ、あの一言さえなければ

「お化けって言ったらさー、知ってる?愛ってお化けが見えるって嘘ついたらしいよー」
「えー何それヤバイじゃん、かまってちゃんなわけー」
「いっつも暗くて地味だから嘘ついてでも振り向いてもらいたいんじゃないのー?」

女子生徒の笑い声が、教室に響く

私は無意識に、手を強く握りしめていた
やめろ、やめろ、やめろ
今すぐにでも殴ってやりたい、けれど
______________けれどそんな姿を彼には見られたくない


歯をきつくかみしめて、震える手を抑える
落ち着け、私だって、ずっと我慢してきたんだ
いまさら、そんなの今さらだ

けれど彼にそんなことを言われたのが嫌で、勘違いされるのが嫌で
私は怒りを抑えられるほど大人ではなかった。



できることなら私だってそんなもの見たくなかった
___気持ち悪い?そんなの知ってるよ
できることなら彼にそんなこと知られたくなかった
___調子に乗ってたのかもしれない、そんなの分かってるけど
できることなら、こんな風に....
___後悔しても結局は無意味ってわかってる


そのまま聞かなかったことにしてどこかへ行こうと思ったとき

「見えないものを、見えない人が理解することはできないよ」

鈍器で頭を勢いよく殴られたような気分だった
その言葉は、彼から発せられたものだ
彼は、どういう意味があってそれを言ったのだろうか、けれど、けれど
私にとっては自分自身を否定されたような
彼が私に対する拒絶を述べたような気分にさせられた。

気が付けば頭は真っ白で、彼の前に立っていた


私が聞いていたことに気が付いたのか、彼女たちは顔面が蒼白だ
先ほどの自信満々な態度はどうしたのか震えている

「何?震えているけどどうしたの、寒いの?」
「あ、あんた...聞いて....」

「それで?」

自分が思った以上に低い声が出た
心と体が分離しているような、自分が自分じゃないような感覚になる
ああ、なんだ、簡単なこと_____________

「それで?話の続き、聞かせてよ、楽しそうにしゃべってたじゃん、私も仲間に入れてくれる?」

口元を釣り上げるが、彼女たちはますます不気味に感じたのか後ずさる
そんなに怯えるぐらいなら、最初っから何もしなかったらよかったんだ
彼女たちのうちの一人が開き直るかのように睨み付けてくる
ああ、めんどくさいな

「何よ...あんたが!あんたが嘘ついてっ注目してもらおうと思ってるくらいわかってんのよ!
いまどきオバケとか馬鹿じゃないの?!気持ち悪いのよ、薄気味悪い....あんたがお化けって方が信じられるわよっ!」

その言葉は、私にぴったりかもしれない

そこにいるのにそこにいない
存在しているのに存在がない
まるで_______________________


先ほどの怒りなどすべて忘れたかのように、思考は冷めていく一方だった
およそ小学生がするような顔ではないような顔を、その時私はしていたに違いない

彼女たちを避けるように通り、歩いた先には並べられた机
私はその机を、思いっきり蹴り飛ばした

空中に浮かぶ机の時間はどれくらいだったか、しばらくの浮遊感とともに勢いよく落下する
自分らしくない、物に八つ当たりするなんて。
けれど罪悪感なんてものは感じていない
ただただ冷えた思考はこの現状をさっさと終わらせるにはどうすればいいか、それだけを考えていた

「______お化け?もっともらしいことを言うじゃないか、たしかにそうだよ、ぴったりだよ」

くっと口元を釣り上げ笑いがこみあげてくる
どうしてこの状況で笑っていられるのだろうか、私はとうとう壊れてしまったのかもしれない
こみ上げる笑いを抑え一人の女子の後ろを指をさす

「あんたのうしろにさ、女性の幽霊が付いてるって言ったら、信じるわけ?」

その言葉に反応するかのように彼女は肩を震わせ後ろを向いた
「そ、そんなことあるわけ」
「あるわけないって?どうかなぁ....お化けの言うことだから....本当かもしれないよ?」

一歩、二歩と近づいていけば彼女たちも同じように一歩二歩と後ずさる
わかりやすい反応だな、だなんて、そんな彼女たちのおびえる姿が楽しく思えてくる

「あ、あんたの言うことは全部うそよ....嘘つきの言葉なんて信じないんだからッ!」
先ほどの彼女が私を睨み付ける、しかし先ほどのような鋭さは感じられない
結局は彼女もおびえているんだ、なんだ、簡単じゃないか

「そうだね、私は嘘つきかもしれない
________ああ、でも」


いまさら人を傷つけることに、罪悪感なんてものは、ないかなぁ?


低い声、自分が思っている以上に吊り上げられた口と
殺さんばかりに見ている眼におびえた彼女たちは逃げるように走り去っていった。




茜色に染まった教室に、二人の生徒が残っている
掃除で片づけられた机はいまは私のせいで散乱していた

くるりと後ろを向けば、悲しそうな顔をしている人がいる

「......あなたも、もういいでしょう、友達ごっこなんて」
彼の眼が見開かれる、今まで見たよりも悲しそうな顔をして、けれど、私はそんな顔を見ても何も思うことがなかった
嫌いになったわけではない、彼に怒っているんでもない
けれど、ぐしゃぐしゃとした感情が、私の中で渦巻いている

この感情は、裏切られた、と思っているのだろうか

「本当....ばかみたいだ」
はっと笑うも少しも面白くなんかない
私は、彼を勝手に信頼して、うぬぼれてたんだ
何をしても、彼は私を”普通の人”として見てくれているのだと

けれど、先ほどの彼の言葉がちらついて
彼は、私のことを理解しようだなんてしてくれていないのかもしれない。

「ねぇ、同情で近づいてくれたの?それとも憐れんで?」
「.....っ違う、僕はっ!」

いつも笑っている顔も、優しそうなほほえみもない
悲しそうに顔を歪ませて、瞳を潤ませている。




私はそんな彼の顔が見たくなくて、




そんな顔が見たかったわけじゃないのに





「じゃあね、さよならだ......私は、異常なんかじゃないよでも、普通じゃないからあなたとはもう話せない」


彼の声を無視し、私は歩き出す、だんだんと速度は早くなり
茜色に染まった道路を一人走っていた





いつも二人で帰る通り道が、ひどく長く思えたときだった。

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