あんスタ

□お土産
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 学校から帰り、ソファでぼーっとしていると玄関のドアが開いた音が聞こえた。おそらく凛月くんが帰ってきたのだろうと玄関へ迎えにいく。
 玄関にいたのは凛月くんと真緒くんだった。最近、凛月くんは真緒くんと一緒にいることが多く、その甘え上手な面を生かして存分に世話をしてもらっているようだ。
「いらっしゃい、真緒くん」
「お邪魔シマス」
 ソファで溶けていたせいで乱れた髪を整えながら声をかけると、真緒くんは固めの声色で挨拶をした。
 今日の凛月くんと真緒くんはおうちで遊ぶみたいだ。真緒くんはうちに来たのは初めてじゃないはずだけど何故かめちゃくちゃに緊張している。
「ただいま紫苑〜♪」
「お帰りなさい」
 先に靴を脱いで上がった凛月くんは機嫌よさそうに私の頭を撫でる。
「あ、そうだ紫苑」
 カチコチに固まってる真緒くんから頭をなで続ける凛月くんに視線を移す。
「うん、クッキーがあったと思うけど……開いてるのがあるからそれでいい?」
「そうそう、それでよろしく〜」
 すこぶる機嫌のいい凛月くんはそのまま階段を上っていく。
「ま〜くんはやく〜」
 いまだに玄関にたたずむカチコチな真緒くんは私たちのやりとりに対してすこし唖然としていたが、凛月くんの呼び掛けに意識を取り戻したようだった。
「お、おう!」
 私は真緒くんと同学年だけどあんな真緒くんは初めて見た。階段をうまく上れずに落ちてしまわないか心配だ。真緒くんは私のことをチラチラと気にしながらも凛月くんの部屋に無事たどり着けたようだった。
「お菓子……」
 頼まれたからには準備しなくてはならない。ようは、俺たち部屋で遊ぶからお菓子と飲み物もってきてくんない? といったたのみ事だ。
 零くんが様々なことのお礼にお菓子(貢ぎ物とも言う)をたくさん持って帰ってくるからこの家にはお菓子がストックされている。凛月くんは隙あらばここのお菓子を食べているからたまに夕飯(これは普通に夜に食べるご飯。主に平日に食べるものを指す)が入らない。
 生物があれば優先して消費するけど、今は焼き菓子ばかりだから箱の開いているクッキーから消費したい。一種類だと飽きそうだからいろんな味のクッキーをだそうと思い、違う箱も開けることにした。
 グラスを二つ用意し、冷蔵庫からジュースを取り出す。ここまでやって、持っていくときのことを考えていなかったことに気がついた。
 お菓子がのった大皿とグラスに2Lのジュースが2種類(凛月くんが好きな炭酸のジュースと、飽きたときに飲むだろう100%フルーツジュース)。これをすべて持ち上げて2階まで上がれるはずがなかった。
 往復でもすればいいんだろうけど二人で盛り上がっている空間に二回も割り込むなんてカッコ悪いから避けたい。
「やっぱり俺手伝いにいくよ!」
「えー、そしたら俺もいくー」
 うんうん悩んでいると二人がばたばたと階段を下りる音が聞こえた。おそらく音をたてて慌ただしくしているのは真緒くんだけだろうけど。
「ごめんな紫苑、俺も持ってくからさ」
 真緒くんはキッチンに顔を出して困ったような表情で言った。
「うん、持ってくときのこと考えてなかったから助かる」
 真緒くんは私の言葉に嬉しそうに頷くと迷い無く2本のペットボトルを抱えた。私はお菓子がのったお盆にグラスを横倒しにしてそれらを持ち上げる。
 真緒くんに続いて廊下に出たあたりで、やっと階段を下り終わった凛月くんと対面した。
「俺このクッキーが好き」
 凛月くんは私の持つお盆の上から未開封の箱をひとつ選び、慣れた手つきで一枚クッキーをとると口に放り込んだ。
「おっまえ、そこはお盆を受けとるとこだろ〜?」
 真緒くんは呆れたように言うが、凛月くんには一ミリも響いていない。凛月くんはもう一枚クッキーを手に取ると、今度は両手の空いていない私の口に放り込んだ。こういう餌付けはよくされているため食べ物を口元に近づけられると反射で口が開くようになった。
「俺は重たいお盆を持った紫苑が階段から落ちても大丈夫なように後ろに居る係〜」
 さぁ行った行ったと凛月くんに促されて真緒くんが納得いかなさそうに階段を上る。それに続いて階段を上ると、宣言通り凛月くんが引っ付くようにして真後ろに来た。
 逆に怖いが面倒だし何も言うまい。
「先に入っていいぜ〜」
「やった〜、ありがとうま〜くん」
 ペットボトルを脇に抱えた真緒くんが凛月くんの部屋のドアを開けてくれた。そこを凛月くんがするりと通り抜ける。
「なんでお前が先なんだよ!」
「俺の部屋だからー」
 続いて部屋にはいると、すでに凛月くんはくつろぐ体制に入っていた。
 部屋の中心にある座卓にお盆を置いて倒していたコップを立てる。真緒くんがペットボトルを置いたのを見届けて部屋を出ようと右足を後ろに引いた。
「紫苑ありがと〜。あれ、行っちゃうの?」
 ベッドの上のクッションを四つん這いになって取った凛月くんは私に声をかけた。
「うんまぁ……」
「そう、とにかくありがとね」
 はっきりしない私の返事はとくに気にならなかったみたいだ。
「まじありがとな。ごめんなまかせちゃってて」
「いいよ、手伝ってくれたし。ゆっくりしていって」
 家に来てすぐよりずっと緊張がとけたらしい真緒くんは困ったような表情ですこし笑っている。
 部屋から出ようと思い視線をあげると糸で吊るされている数羽の鶴が目に入った。勉強机のすぐそばに吊るされており、凛月くんが机に向かうときは容易にそれが視界に入ることが分かる。
 ちなみに凛月くんの部屋には今まで私があげた拾った石だの現像した写真だのも飾られている。
「紫苑、どうした?」
 一点を見つめ固まった私に真緒くんが心配したように声をかける。
「んー? あー……、見つかっちゃった」
 私が何を見ているか理解した凛月くんは見つかっちゃったと言いつつ、見つかったことを気にしていないようだった。
「ふふ、まーくん聞いてよ。あの鶴、紫苑から貰ったやつでさぁ。せっかくだし糸通して吊るしたんだよねー」
「あ、あげてない!」
 機嫌のいい声をしている凛月くんの方を見たくなくて、鶴から目を離さずに叫んだ。
「え?」
「でも部屋に置いてったのは紫苑じゃん」
「あげないって言ったもん!」
 話の流れがよく分かっていない真緒くんを放っておいて話を続ける。
 たしかにあの鶴は私が凛月くんにあげるつもりで折っていたものだ。でもうまく折れなかったからあげないことにしたのだ。部屋に置いていってしまったのは確かだけどあげない意思は伝えたはずだし、こんなに大切にされているなんて思っていなかった。
 なんていうか、恥ずかしい。
「やっぱりあの日あのときに跡形もなく始末しておくべきだった」
「ぶ、物騒だな!?」
 びっくりしてる真緒くんは置いといて。
 これは早急に成長した鶴に差し替える必要がある。いますぐ準備しなくては。

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