あんスタ

□紫陽花
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 家から少し歩いたところにある公園には様々な花が咲いている。
 私と零くんは、曇りの日を狙ってたまに公園に遊びに来る。日傘は持っていないが私も零くんも鍔の大きな帽子を被っている。零くんは加えて水筒やハンカチなどが入ったバッグをもっている。初めて出掛けたときはその重そうな荷物に驚いた。自分の水筒くらい自分で持てると伝えたが零くんが私に荷物を持たせることはなかった。しびれを切らした私がひったくろうとしたり零くんの準備が終わる前に抱えてみたりした(この一連は凛月くんも呆れたように見ていた)のだが結構ガチのトーンで名前を呼ばれてからは(凛月くんはものすごい顔をした)、私も手を出すことを止めた。正直めちゃくちゃ怖かった。凛月くんは気持ちはわかるけど妹の意思も尊重するのがお兄ちゃんだよね、などと言っている。
 それはそれとして。
「これはツツジだっけ」
 私が指した花は薄いピンク色をしており、5枚あるように見える花びらはよく見ると1枚で、先端側のみ裂けて開いている。自分と同じくらいの年の子供が、この花の根元に口をつけ蜜を吸っているのを見たことがある。
「おー、合ってるじゃねーか。毒がある可能性もあるから紫苑は蜜吸っちゃダメだぞ」
「え」
「は? なんでそこでそういう反応になるんだよ。ま、まさか、吸ったことあるんじゃねーだろーな!」
 普通に外にあるんだから汚いに決まってるだろなどと、取り乱す零くん。
 でもそういう零くんは吸ったことありそうだし、私の言葉が詰まったのは私自身が吸ったことがあるからというわけではない。いや、吸ったことはあるけど。
「毒ってどんな?」
「お兄ちゃんの話はまだ終わってないんだけど!」
 取り乱し続ける零くんは放っておくとして。
 毒といっても下痢や嘔吐、痙攣を引き起こす程度(それでも大変なことだけど)らしい。まぁ、取りすぎると死ぬらしいけどそこまで取り続けるやつはいないだろうとのこと。よかった、公園の子供たちがみんな死んでしまうのかと焦ってしまった(現在一番焦っているのは零くんだけど)。
「あ、これはあじさいでしょ。すっごく綺麗だから印象に残ってる」
 青色や紫色の真ん丸な紫陽花に混じって薄黄緑色の紫陽花が点在している。この薄黄緑色の紫陽花も、数日たてば青色や紫色のきれいな色に変わるだろう。
「紫苑は紫陽花の花ってどこか知ってるか?」
「えっと……?」
 質問の意味がわからない私に、零くんは嬉しそうにして少し自慢げに指を指す。
「この花びらみたいに見えるこれはがくなんだとよ。中心にあるちっちぇこれが花本体なんだぜ」
「そ、そうなの?」
 花一つ一つだと思っていた4つの四角の一塊の中心には確かに小さな何かがある、ように見える。花びらよりも大きながくは他ではみたことがない。他の花では花びらに隠れ地味な存在のがくが、紫陽花では何よりも目立ち、輝いていてかっこいいと思った。
「よく知ってるね」
「まぁ、図鑑にかいてあったんだけどな」
 少し居心地悪そうにした零くんは先程とは違い小さめの声で呟いた。本で得た知識は自分の物だと胸を張って言えないものなのだろうか。
「零くんは本を読むのが好きなの?」
 太陽は分厚い雲で隠れており、たまに吹く風が涼しいため過ごしやすくて気持ちがいい。少し薄暗い天気は鮮やかな紫陽花を引き立てているように思う。
「好きっつーか、必要っつーか……」
 零くんは気がつくと本を読んでいる。横顔をじーっと見ると零くんはこっちに気がついて、読書を中断して声をかけてくれる。
 私は知識を詰め込むだけの用途の本はつまらないから読まない。おとぎ話が好きだ。お姫様に憧れるのが許されるのは幼い頃までなのだから、今のうちに夢を見ておくのだ。
「嫌い?」
 そんな零くんは知識が必要だから本を読むらしい。私は家のなかにいる零くんしか知らないから、どこでその知識を使っているのかは分からない。
 隣に並ぶ零くんの顔を見上げると、きれいな赤い瞳が少し困ったように私を見ていた。
「好きだったんだよなぁ。最初はたぶん、なんの理由もなかったんだよ」
「じゃあちょっと、義務になっちゃったんだ」
「義務っつーか手段って感じだな」
 知識を得るための手段なんだ。
 うっすらとした認識だけど、零くんは大人に非常に頼りにされているようだ。そのために知識が必要となるのだろう。地頭がいい零くんは得た知識を好きなように使うことが上手だから頼ってしまいたい気持ちもわかる。私も分からないことがあると噛み砕いて説明してくれる零くんに頼りたくなってしまう(私に対してなんでも教えたがるからなおさら)。
 本来は自分で時間をかけて調べるべき(今は時間がたくさんあるのだから)だ。分かっていても人間は楽な方に行くものだと思っている。
「ま、そろそろ帰るか?」
 太陽が隠れていてよくわからないけれど公園に来てから結構たったようだった。
 零くんから水筒を受け取り水分補給をする。零くんも一緒に水分をとっていて安心した。
 零くんは人のことを優先してしまって自分のことを後回しにしてしまうきらいがある。凛月くんは人のことを優先できるほど身体がついていかないみたいだけど零くんと同じようにとても優しい人だから、元気だったら今よりもっと自分のことを後回しにしちゃうだろうなと思う。
 自分で言うのもなんだけれど、二人は私の面倒見るのに一杯で倒れてしまいそうだな。
「水筒ありがとう。帰る、けど……」
 言葉を止めて公園を見渡す。いい感じのお花が1輪欲しいのだけれど。本当は公園の花って摘んだらダメなんだけどね。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもない。帰ろう」
 身体のせいで自由に外に出られない凛月くんに私が見た景色のひとつでも、って思ったんだけど難しいみたいだ。
 いつも帰ったら見たこと聞いたことを話したりして、凛月くんはそれをとても嬉しそうに聞いてくれるけど本当はこの景色を一緒に見たい。色の細かな違いとか、曇りの日の涼しい空気の匂いとか、そういうものを一緒に感じたい。
 公園に来るまでの道も家に帰るこの道も、今隣で歩いてくれる零くんだけじゃなくて凛月くんとも歩けたらなと思ってしまう。
「早く帰ろう」
「凛月が起きてるかも知れねーもんな」
 零くんの言葉に頷いて、少し足を早く動かして繋いでいる手をちょっと引っ張った。そしたら私より足の長い零くんは私のことを軽く引っ張りながら歩いてくれるから。

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