あんスタ

□折り鶴
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 太陽が真上に位置する昼間にカーテンも締め切った薄暗い部屋の中、眉間に力が入り苦しそうな表情を浮かべた凛月くんがベッドに横たわっていた。
「りつくん、大丈夫?」
 あまりにも苦しそうだからつい声をかけてしまった。表情からも大丈夫な訳がないから声をかけるのは止しておこうと思っていたのに。
 凛月くんは私の声に反応し、固く閉じていた目を薄く開いた。
「うん…、だいじょーぶ」
 そう返ってくることは分かっていたし、実際大丈夫であることも理解している。なぜならこれは、病気でもなんでもなく日光に弱い体質が原因だからだ。ただ、最近の凛月くんは私と遊んでやれないことを悔やんでいるような気がしていた。
 私のお兄ちゃん(でありたいようだ。ことあるごとにお兄ちゃんを強調してくるのは気のせいではない)である凛月くんの、さらにお兄ちゃんである零くん(彼も私のお兄ちゃんでいたいようで圧がすごい。が、凛月くんのお兄ちゃんムーブも尊重しているらしくこうして日中私を凛月くんの部屋に置いていくことが多々ある)も凛月くんの心境を案じていた。
 お兄ちゃんでありたいであろう凛月くんが私にこれ以上の弱みを見せようとするはずもなく、大丈夫以外の返答を得られたことはない。まぁ私だって大丈夫って言う。
 日光に弱い私たちが好んで外に出て遊ぶということはあまりなく(というか私たちだけで外にでて倒れるわけにはいかない。なぜなら自分達だけで責任をとることができない子供なので)、今日も例にならって室内で行うことのできる折り紙を用意していた。
 凛月くんが横になっているベッドのそばに丸い小さめの座卓を寄せ、座った。ここからベッドを見上げても凛月くんの様子はよく分からないが、そばにいるということはお互いに感じられそうだ。
 折り紙の本をぱらぱらめくり面白そうなページを探す。本の前半はカラーで、折り紙の完成形の写真が並んでいる。それぞれには対応するページ数が記されており、そのページにとべば折り方の手順を知ることができる。これがまぁ、ものによると分かりづらかったりする(そういうときは零くんの元に本と折り紙をもっていくと、俺が見てもわかりづれーななどと言いながら実際に折りつつ丁寧に説明してくれたりする)。
 ふと、とあるページに目が止まった。白い背景に青色と赤色の鶴が映っている。
 この間学校で鶴を折らされた。折り紙の鶴は千羽鶴と言ってお見舞いなどに使用されることがあるようで、特に同級生に入院しているような子が居たわけではないが知識のひとつとしてみんなで1人5羽ほど折ったのだ。これは近くの病院に送られたらしい。
 ちら、とベッドの様子を伺った。先程と変わりなく凛月くんは仰向けに寝ている。
 1人で千羽も折れる気がしないし、千羽もいたら実際邪魔だと思う。この、一辺15cmの折り紙では大きすぎるため4等分したらどうかと思ったが、してみたらめちゃくちゃ小さくて折れる気がしなかった。
 ……それが気休めにしかならないとしても、なにかもらえたら嬉しいかと思ったのだけれど。
 でも小さな鶴がたくさんいる様子は想像してみたらかわいらしいように思えて、挑戦だけでもしてみることにした。失敗したときのことを考えて普通の大きさの鶴も折っておいたけど。
 想像したとおり、小さな鶴を折るのは非常に難しくて短期で不器用な自分には向いていなかった。それでもなんとか形になってきた頃には、数羽の鶴が犠牲となっていた。
 手元の折り紙が見えづらくなってきたことで日が沈み始めたことに気がついた。この部屋はカーテンを閉めていても明るさを受け入れており、寝ている人がいることもあって電気をつけていなかったのだ。
 集中して疲れた目を閉じてぎゅっと力を込め、電気でもつけるかと目を開けると、ベッドの縁ギリギリから私の手元を覗き込むようにうつ伏せの体勢になっていた凛月くんと目があった。
「お、起きてたの」
 まさか見られていたとは思わず声がつまった。
「ふふ、うん」
 いつから起きていたかは分からないが、機嫌が良さそうな様子からして私が鶴を折っていたことと、折っていた理由については察しがついているのだろうと思った。
「それ、」
 凛月くんはその体勢のままお世辞にも綺麗とは言えない鶴を指差した。
「俺にくれるの?」
 くれることが分かっている表情だ。目は柔らかく細まり、口角は下がる様子を見せない。
「えっと……」
 すべてを察している表情が少し悔しかった。それは私が、誰もが気がついていない間に事を済ませていつやっていたの? と驚かれることがかっこいいように思っているからだろう。せめて作業しているところを見られていなければよかったのに。
 作業も目的もバレてしまえば、それら全てを無かったことにしてしまうほどの負の感情が生まれた。
「……あげない」
 出来損ないの鶴をにらんで呟く。
 子供っぽく拗ねて、かっこわるいだのいたたまれないだの悔しいだのといった感情を、卓上の本と透明なビニールに包まれた未使用の折り紙と一緒に抱き抱えて凛月くんの部屋を出た。日が沈めば遊びの時間は一区切りだし、凛月くんも体調が大分よくなっていたようだから私が部屋に残る必要は無いのだと言い聞かせながら。
 あげるならもっともっと綺麗なのがいい。綺麗な色の綺麗な子。不格好な鶴しか折れないと思っている凛月くんが、こんなに上手になったのかと驚いてくれるようなのがいい。綺麗な凛月くんに見合うようなものがいい。
 片付けもろくにせず出てきてしまったことを少し後悔したけれど、すぐに自分の部屋に入り折り紙の続きを始めることにした。

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