あんスタ

□涙
1ページ/1ページ


「紫苑は泣かないねぇ」
 それは3人で並んでソファに座りテレビを見ていた時のことだった。
 私は女の子であったことも理由なのか朔間一家(便宜上ではあるが、私を除く朔間家をこう呼んでいることがバレたら零くんはそっぽを向き、凛月くんはほっぺに空気を入れるだろう)にたいそう大切にされていた。お父様とお母様はよく家を空けるが私たちのことを愛していることは定期的に届く手紙などによりよく伝わっている。零くんと凛月くんからも一緒に暮らすなかでそれはよく伝わっており、私も朔間一家になにか返せればと思っていたりいなかったりするが。
 閑話休題。
 そんなこんなで私の居場所はふたりの間になることが多かった。それは家族になり、一緒に家に帰ったあの日から変わらない。ソファに座るときも例外ではなく、今も私はふたりの間に座っていた。
 ソファの上にも関わらず体育座りで乗る私の左側には長い足を組んで零くんが座っており、右側には凛月くんが肘掛けに足を乗せる形で寝転がっている。このソファは小さくはないが大きくもなく、身長がこれ以上伸びることがないほど成長する頃にはこうやって3人が並んで座るには窮屈になるのではないかと考えている。
 時間としては夜ご飯(一般的に食べる時間帯からそう呼ばれる。今日は土曜日なので私と特に凛月くんは思う存分寝倒しており、起きたのは夕方……なんて生活を送ったため個人的には昼ごはんくらいに該当すると思っている)を食べた後、22時から始まったサスペンスドラマを見ているといった感じだ。
 そんなとき凛月くんが思い出したように呟いたのだ。それはちょうど、推理によって追い詰められた犯人がよく見る崖で涙ながらに動機を語っているシーンでだった。偶然にも私と同じように犯人の家族はみな亡くなっており、それは犯行の動機に大きく関わっているようだった。
「言われてみれば泣いてるとこ見たことねーなぁ」
「やっぱり?」
 たしかに私は泣いたことがほとんど無い。葬式の日から数えれば1度も泣いていなかったからふたりが私の泣いているところを見たことがないのは当たり前のことだった。
 そもそも泣くには理由が必要だ。辛いだとか悲しいだとか、まぁまれに嬉しいだとか、そういう強い感情が必要だろう。
 私が最近泣いていないのは、泣くほどまでの大きな感情を抱いていないからだ。
「さすがに1度くらいは泣くと思ったんだけどなぁ……」
 零くんがそう思っていたことは知っている。私だってお母さんが亡くなって、葬式の日まで泣けないのは気を張ってるからだなんて思っていたから、落ち着いたらふと思い出して涙が出たりするのかななんて考えていた。
 あれから零くんはできるだけ私と行動を共にしていた(零くんがいないときは凛月くんが一緒にいてくれていた)から、私と同じような考えからそうしてくれていたのだと考えていた。自分のなかで峠を越したのかあれから涙が出ることは1度もなかったけれど。
 だからといって、いつまでも心にその出来事が巣食っていて私の表情には影がかかっている……なんてこともなく、うまく昇華することができたと認識している。
「まぁ、感情の発散方法が泣くことじゃなかったってだけだろ……凛月?」
 ふたりが行っていた言葉のキャッチボールは凛月くんが黙ることで滞る。
 ドラマは終演を迎え、主題歌が流れ出していた。もはやドラマを真剣に見ていたのは私だけだったようで、零くんは黙った凛月くんの様子を見ようと上半身を前に倒し覗き込む体勢になっていた。
 テレビにはドラマのクレジットが表示され、登場人物たちの一区切りついたと言わんばかりの明るいやり取りが行われている。
 ドラマが終わりCMが始まったので黙りこくった凛月くんの方を見る。ちなみに零くんはまだ覗き込んでいる。
「俺、紫苑の我関せずな感じ嫌いじゃないよ。一区切りついたら必ずこっちを気にかけてくれるもんね……♪」
 凛月くんは私がふたりの会話に反応するのを待っていたようだ。
 ちなみに私が会話に参加していないのは話せないからではなく、参加する必要がないと判断したからだ。そもそも話振られてないし、このドラマは今のところすべて追えており面白い展開になってきたところだったので見逃したくなかったのだ。
 ところでなんの話だっけ?
「私が泣かない話?」
「そうそう〜」
 凛月くんは両手を天井へ伸ばし零くんは姿勢をもとに戻す。
「私もふたりが泣いてるとこみたことないよ?」
「そりゃ、お兄ちゃんだからな」
 零くんは足を組み直し、自慢げに告げた。足が長くて羨ましい。肌も透き通るように白くて羨ましい。髪の毛は対称的に黒く、つり上がった瞳は引き込まれるような赤色をしている。いわゆるどや顔が非常に様になっている。
「んふふ、俺も俺も。お兄ちゃんだからね〜」
 凛月くんは寝転がったままこちらを見上げにこにこと笑っている。透き通るような白も、漆黒も、深みのある赤も零くんと一緒だけれど少し垂れた目尻が人懐っこさを出しているように思う。
 私も肌は白い方だし髪の毛は黒いけど、光に当てれば茶色が差すし、瞳の色は赤ではなく赤みがかったピンクだ。彼らの目を見ると、私には彼らが継いだ血の一部しか流れていないのだと思い直す。
「そう……、私はふたりの妹だもんね」
 目をつぶれば昨日のことのように思い出せる、家族になった日のこと。私の中の大切な暖かくて優しい思い出。
「お兄ちゃんになってくれたのがふたりだったから……きっと……」
 私が涙を流さずに過ごせてきたのはきっとふたりのお陰なんだろうと思う。
 だからこれから先も私が泣くことはないよ、ふたりがお兄ちゃんでいてくれる限りね。

_

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ