あんスタ

□家族
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 その日のことはよく覚えている。とても暑く、雲1つ無いよく晴れた夏の日だった。
 
 ほんの数日前まで私と声を交わしていた母親はある日突然冷たくなった。
 父親はもっと小さい頃に亡くなっており、いわゆる母子家庭だった私。一人っ子なために母親まで居なくなってしまえば本当に独りだった。
 一通りの儀式が終わり、残るは精進落しだけとなった頃。親戚は何やら揉めており、大きく表には出さないが私の引き取り先を押し付けあっているであろうことはなんとなく分かった。一族のなかで私たち家族がどのくらいの立ち位置に存在しているかは分からないが、私という子どもが一人増えることで生じるメリットはほとんど無いのだろう。
 私がいても話しづらいだろうと静かに外を出た。
 この日は本当に暑かったから、日に弱い私たちは誰一人外には出なかった。もちろん私にとってもこの日差しは辛く、伝説に沿って言うなら焼かれて灰になりそうだった。否、灰になってしまってもよかった。なんならいっそ倒れてしまおうかな、とも思っていた。なぜならお葬式などもろもろの準備(もちろん、幼い私にできることはほとんどなく大人に頼らざるを得なかったが、私の肉親を大切に送ってやろうと想ってくれる親戚は居なさそうだったので全て私がやってしまいたかった)で疲れていたのもあるのだろう、母親が居なくなってから1度も涙が出ていなかったからだ。物心つくまえの子どもが、母親が居なくなって涙1つ見せないというのを気味悪がる人もいるだろう。気を張り弱っているところを見せずに頑張っている少女、と思われればそれはそれでいいのだがどうだろう、ここらで1つ倒れておけば家族が居なくなり頑張っていたが限界が来た可哀想な少女になることができるのではないだろうか。幼い子は、より可哀想だと思われた方が都合がいい。
 そうはいっても、実際に倒れてその後面倒くさいのは私だ。倒れるということは体が限界を迎えたということだから、本調子に戻るのには時間がかかるかもしれない。倒れるような子を引き取るなんて嫌だからと、てきとうな扱いを受けるかもしれない。自分で自由に動けないような状態になることは避けたい限りだった。
 まぁ結果から言えば倒れることはしなかった。日が強すぎて多少クラクラはしたけど我慢強かった私の体は倒れてくれなかった。この先どうするかなんて途方も無さすぎて考えることをやめたかったから本当のところは倒れたかったのだけれど。
 それから地面をじっとみてぼうっとしていた。人って声から忘れていくらしいけれど、私もまず最初に母親の声から思い出せなくなるのだろうか。
 そうこうしてしばらくすると、後ろから足音が聞こえた。こんなカンカン照りの暑い日にわざわざ外に出てくるなんてなんて物好きだろう。もしくは、話し合いに満足した親戚たちが私を呼ぼうと外に出てきたのだろうか。
 結論から言えば足音の主は私を引き取ろうとしている物好きだったし、話し合いに満足……というか飽きた親戚だった。ただ、てっきりその人は大人だと思っていたから(参列者に子供はほとんどいなかった)、振り向いて顔をみたとたんビックリして間抜けな顔をさらしてしまった。
「お前、えーっと、紫苑だよな?」
 朔間零だ! と思った。何歳か上のきれいな顔立ちの男の子だ。親戚たちが次期当主にしようとしていることはうすらぼんやりと察していたが、実際に幼いながらに当主だと言われても勘違いしてしまうような貫禄がある。私の周りも彼を次期当主として扱っていたから当時の私も彼を次期当主、位の高い人だと思っていたし言葉を交わしたこともほとんど無かった。とはいえ、彼は年の近い私と話そうとしていたような気もする。私や私の周りが彼を腫れ物扱いするからそうはいかなかったようだけれど。
「この度はお悔やみ申し上げます」
 朔間零が親戚と話すところは見たことがあるが、今のような敬語で話していたように思う。最初のぶっきらぼうな話し方は彼の素の話し方だったのか、なんて思った。正直、威圧的な見た目に反して先の馴れ馴れしさも感じるぶっきらぼうな話し方は人と関わる上で役に立つのかもしれない。
「ご参列いただきありがとうございます」
 今日何度も告げた挨拶を返す。定型文でさえも言われない、というのも気まずいが言われたからといって知らない人に言われても、みたいなひねくれた感情が出てくる。いわゆる吸血鬼な私たち一族はまぁまぁの人数がいるので今日会った人のほとんどは見たことあるけど知らない人だった。
「ほら、お前も挨拶しろ」
 誰に声をかけたのかと思ったが、どうやら朔間零の後ろに男の子がいたようだ。
 声をかけられた男の子は朔間零の斜め後ろにひっそりと立ち、私の顔をみたあと目線を地面におとした。
「……大変だったね」
「お前なぁ……」
 朔間零は呆れたように言った。いくら同じくらいの年とはいえ、そんなてきとうな挨拶があるかと言いたいのだろう。
 当の私の頭のなかでは彼の言葉が何度も反芻されていた。自分では思わなかったけれど、大変だったのかもしれない。これからもっと、大変になるのかもしれない。適当なようでどこか、優しく寄り添ってくれているような言葉だと思った。
 ふいに、降りかかる強い日差しを思い出した。認識するとより辛さを感じる。顔を伝って滑り落ちた汗が地面に黒い丸を作るようすをぼうっと見た。意識が遠くなりそうななかで、倒れてはみっともないと足に力が入った。 
「ほら、帰るぞ」
 今までとは少し違う柔らかい声をかけられた。
 視界に私よりも少し大きな足が目にはいり、朔間零が側まで来ていたことに気がつく。目線をあげると、彼は開いていた真っ黒な傘を私が太陽から隠れられるように掲げていた。私の頭のてっぺんから足の先は影に包まれ、直射日光を遮られたことにより火照りきっていた体は涼しさを感じ取った。
「どこに、ですか?」
 私には帰る場所なんて何処にもないのに。彼の言い方では、彼が私の帰る場所を作ってくれたみたいだった。いや、みたいではなくその通りなんだということは分かっていたけれど彼の口から直接、遠回りじゃない言葉を聞きたかった。
「そりゃ俺たちの家にだよ。今日からお前は俺たちの家族なんだから、帰る場所なんて1つに決まってるだろ?」
 さらっと告げられた。朝昼晩、顔を合わせたら挨拶をするように、帰宅し親に学校のようすを伺われるように。朔間零は、まるでなんでもないことのように言葉を紡いだ。
 思わず目を見開くとまとわりつくような暑さが目に染み込んだ。柔らかな風が正面から通り抜け熱気を連れ去り、じっとりと汗をかいた身体の表面はひんやりとした。
 視界に入る空や建物、木々の葉っぱ、全てが日光を反射して眩しかった。耐えきれずに見開いた目を細めると朔間零は傘を差し出すためにかがんでいた体制を戻し、右手を差し出した。
 ……握手、だろうか。これから家族になるための友好の証だろうか。
「あー、ちがうちがう」
 首を横に振られ、差し出しかけた右手は行き場を失う。
 握手を求めているのだと思っていた朔間零の右手は私の左手をとり、宙に浮いていた私の右手はさっきまで朔間零の後ろにいた男の子がそっととった。朔間零のそばから離れたら日向に立つことになってしまい辛い思いをするのではと心配したが、男の子も日傘を持っていたようで少しのレースが施された黒い傘を右手でさしていた。
 ふたりは私も日陰に入るよう寄り添い傘を傾けてくれているようで、こんなに暑くてしんどい天気もふたりの優しさを感じ取ることができるならもう少し我慢できそうだと思った。
 
 これがふたりと初めて言葉を交わした日。この日からずっと、私はふたりと家族だ。

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