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□待ってる
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『今日は残業で遅くなるから先に寝てて』

恋人からそんなメールが初めて送られてきた。
残業なんて今日が初めてじゃない。

俺がどんなに遅くなっても起きて待ってる事知ってるくせにこんなメール。

「おかえり」ってドア開けてくれたら嬉しいって言ったのは藍の方。
「鍵のかかってない玄関開けるのって特別っぽいよね」と同棲する前に言ってた。
だから今も鍵開けて、出来る限りちゃんと家で出迎えてあげてた。

もう待ってなくていい?

俺が寝てた方が罪悪感少なくて済むような事でもしてんの?

お帰りのチューがうざくなった?

そもそも、俺自体が嫌いになったとか…

昔から考え方がネガティブな俺。

付き合い始めの彼女みたいな思考回路で正直うざいって自覚もある。

きっと、いつまで経っても自分に自信がないのが原因だ。

グルグルと思考を巡らせていたら、
時計はもうすぐ次の日をまわっていた。



ーガチャ。
ドアが静かに開いた。

「鍵開いてる…」

暗い玄関から廊下を抜けて、ほんのり明かりのついたリビングへ。

「蒼さん…」

せっかくメールしたのに無駄だったみたいで、蒼さんはダイニングテーブルに突っ伏して寝ている様だった。

テーブルの上には煮魚定食的な夕飯が、お皿一つ一つ丁寧にラップされて置いてある。

「蒼さん、そうさん」

呼びながら肩を軽く揺すると、むくりと頭が持ち上がった。
寝起きで開かない細い目が俺を捉えると、蒼さんの両腕が俺に向かって伸びてきた。
カバンを床に置き、その腕が欲している抱擁を与える。

「ただいま」

「おかえり」

少しかすれた声が色っぽい。

「今日はチュー無し?」

蒼さんにいつもの可愛い表情がなく、少し拗ねている様に見えたので聞いてみる。

「いらないんだろ?出迎えもチューも…。俺、寝ててもいいんだから」

ああ、納得。
どうやら俺はあのメールで蒼さんのご機嫌を損ねたみたいだ。

自分的には蒼さんに気を遣ったつもりだった。

「欲しいよ。蒼さんの可愛いお出迎えとチュー。でも最近残業多いから、待たせてばっかで悪いと思って」

日頃と違う俺の行動に、蒼さん不安になっちゃったんだな。
それじゃなくても自己肯定力の低い人だから。

けど、俺の些細な言動に揺れちゃう蒼さん、本人には悪いけど俺は大満足。

「年下の分際で気なんか遣うな!俺にあんなメールいらない。俺はずっと、ずっと待ってるからなっ」

「ごめんなさい。お願いします」と言ったら、照れ隠しにペシリと頭を叩かれた。


その後、ちゃんとおかえりのチューを貰えました。

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