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□雨の日
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「いいって。少し位濡れてもへい・・」

『駄目だって!風邪ひいたら大変じゃん!!』

かぶり気味に恋人の声が携帯から耳に響いた。

『春って言ってもまだ寒いんだからな!』

本気で心配してくれてるのがわかるから心がほっこりする。
つられて顔の筋肉も緩みだして止まらない。

人だらけの駅のホームでにやけ顔を見られまいと口元を手で覆う。

電車の到着を伝える音が鳴り、目の前を勢いよく電車が通り過ぎた。

「電車きたから切るよ」

停車した車両のドアが開き、降車する人が流れてくる。

『絶対駅で待ってろよ!いいな!』

こんな風にたまに強い口調で言われると、相手のほうが年上だったんだよな、と思い出す。

俺より6つ年上の恋人はいつも自分のことより他人の事を考えてる。

今も、夕方から突然降り出した雨で俺が困っているだろうと電話をよこしてきたのだ。

最寄りの駅から自宅まで10分。
まあ、全身ずぶ濡れにはなるだろうけど、それ位で風邪をひくような虚弱体質でもない。

俺としてはむしろ恋人の体のほうが心配だ。

すぐ無理するし、我慢するし、絶対弱み見せないし。心配かけまいと作り笑いしてるところまではっきりと目に浮かぶ。

そういうところ、人間的には尊敬するけど、恋人的には複雑な心境。

もっと甘えてもっと頼ってくれていい。

年下だから頼りなく思うのかもしんないけど。



改札を抜けてすぐに恋人の姿を発見した。

最近お気に入りのパンツに大きめなパーカーとレインブーツ姿。ちなみにレインブーツとパーカーは俺からのプレゼント。

湿気で茶色の柔らかい髪が額にかかり、それを指でちょいちょいと弄ってみたり、持ってる二本の傘でフロアをツンツンしてみたり。

ほんとこれ以上可愛いオーラをばらまかないでくれと本気で願う。


本人は無自覚だが、俺の恋人はやたらとモテる。殊に男から。

理由はわかる。俺もそのうちの一人だし。

男の割りに低い身長、細身の体格。見た目や声はどうみても男なのに、瞬間見せる仕草や表情がたまらなく男心をくすぐる。

男なのに乙女なギャップか、単純に可愛いからなのか。
俺的にはどっちもな気がする。


ほら、今も俺待ちの恋人に話しかける若い男。
背が低いから若い男を見上げる格好になってる。
あの角度からの困った顔は殺人的過ぎるだろ!!

「ソウさん!!」

危機感を感じた俺が名前を呼ぶと俺に気づき、傘を振りながら俺の元へ走ってきた。

「おかえり!間に合って良かった!」

なに男に声かけられてんの!って言おうとする前に、大好きオーラ全開の笑みで、ハァハァ息切らしながら出迎えられたら、もう黙って抱き寄せるしかないでしょ!

「ただいま」

「!?ちょ、ちょっと!こんな公衆でっ!!」

恥ずかしがるのはわかっていたけど抱きしめずにはいられなかった。

力を入れれば振りほどける位にしか腕には力が入っていないから、そうならないのは俺が愛されてるからだよな?

「公衆の面前じゃなきゃいい訳?」

耳元で、少し意地悪い声でそうささやくと、あっさりと体を離された。
そして真っ赤になった少し拗ねた顔はプイと他所をむく。

「・・・いいに決まってんだろ。・・バカ」

そう小さくつぶやいて、恋人が俺の傘を差しだしたけど。

「やっぱりここは相合傘でしょ」

強引に恋人の傘を奪いとり、腕を引く。
雨に紛れてしまえば人の目なんてね気にならない。


それでも家に着くまで恋人は恥ずかしいとご立腹だったけれど、ちょっとだけ嬉しそうに見えたのはやっぱり愛、かな。



続・雨の日
 

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