秋風に吹かれて 完結

□7話
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伍長が泣いてるのを見たのはそれが初めてで
いつも、ニコニコ笑っている人だから

それが、なんだか痛々しかった。



【秋風に吹かれて 7】



栞菜と愛理が話してるのをたまたま聞いたその日。
航空機を見に行った時のこと。


なんのけなしに翼へ足をかける。
操縦席の窓を開けると舞美ちゃんがいた。


「舞美ちゃん?なんでこんなとこいるのさ」
「えっ、あ…ちっさー…」


驚いてるのは分かるけど顔をあげようとしない。
それに、気のせいか声が震えてる。

帽子をかぶっているからよくみえない。


様子が変だって言っていたけど
たしかに、変だと思う。


「ごめん、すぐどくね」
「いいよ、今日はもう任務とかないし」


「…ありがと」

なんだろう、なんかモヤモヤするのは。
この顔、絶対なんか隠してるな。


「舞美ちゃんさ、なんかあった?」
「え?」

「話して楽になるなら聞くよ?仕事の事なら千聖も力になれるかもしれないし」
「…ありがと、ちっさーは水断る?」


水?
いきなり話が飛びすぎてついていけない。


「ごめん、水って?」
「あ、儀式の水…ほら、作戦前の」

「あぁ…あれか…」
「うん」

なんで、こんなことを聞くのかまったくなぞだけど
千聖のとる行動を伝えておく。


「千聖は飲まない…無駄死にだけは絶対しない」
「なんか、ちっさーらしいね」

そういって、頭をガシガシ撫でられる。
落ち着く反面、舞美ちゃんにはこういうことしてくれる人いるのかな

えりかちゃんは…駄目だ。
きっと、舞美ちゃんは言えてないんだ。


言うのすら躊躇するほど怖いんだ。


そう、思ったらなんか考える前に手が動いてた。


「ち、ちっさー!?」
「舞美ちゃんも少し甘えなよ」


がしがし頭を同じように撫でてあげると吃驚してたけど
顔を伏せてまた考えてるようだった。

視点を舞美ちゃんから地面へ変えた瞬間何かに包み込まれた。
いや、締め上げられた。


「へっ…!いっいだだだ」
「あ、ごめん」

そういって、やさしく抱きしめられた。
でも、手は震え。なにかを堪えるような感じの舞美ちゃん。


何にも言ってあげることも出来ず。
抱きしめられるがままで、手を回してあげることもできなかった。



ただ、すっごく舞ちゃんの顔がみたくなった。




舞美ちゃんと別れた後、工場まで全力疾走した。
走って、走って、息が切れて苦しくても足を止めずに。


会いたくてたまらなかった。



飛び込んで、姿を見た瞬間、抱きついた。
当たり前だけどすごく吃驚していて。


「千聖?…どうかした?なんかあった?」
「はぁはぁ…」


なにか言いたくても息が上がって苦しくて声が出なくて
ただ、もやもやが胸に広がっていって。


すべての感情は雫となって千聖を襲ったんだ。
言葉にならなくて、たださっきの舞美ちゃんを思い出した。


「え、千聖!?なにがあったの?」
「舞…舞ちゃんっ…」


舞が前を向いたのが分かった。
ゆっくり、本当にゆっくりと千聖に腕を回してくれて

背中をさすられたら頭を撫でられたり
そんなことをされてるうちに千聖も落ち着きあわてて離れたら

舞ちゃんが寂しそうな顔をしたんだ。
いや、千聖だって寂しいけどさ。


「千聖もやっぱり怖いよね…」
「…そりゃ、怖くないって言えば嘘になる」


汚れたつなぎを身にまとってあぶらで顔も汚れてる。
それでも、キラキラした衣服を纏っている人よりも舞はぜんぜん綺麗だった。


「もうすぐ、お別れなんだね…」
「…うん」


目の前にある今は本当にそうなのか。
出撃日が近づけば近づくほど幻みたいに感じられて。



そうだ、千聖はまだいい。
舞はきっともっと怖いと思う。




一度も飛んだことないのに初飛行が
あの世へ確実に送り出されるって決まってるなんて

千聖よりもきっともっと怖いはずなんだ。



舞が調整してくれてる航空機の翼へ足をかける。
高い位置から見る工場、少し下を向けばいつもは見上げる側だった

千聖がまいを見下ろして。


機体に触れば伝わってくる、冷たい感覚。


そうだ、千聖は人を殺しに行くんだ。
自分だけでは死なない。


相手も巻き添えでバンカーヒルへ真上から。
あの大きな空母を真っ二つにしてやるんだ。


「千聖…?」


手を握られる。
顔を上げれば不安そうな顔をした舞。

手に力をこめて怯えたように千聖を見つめてくる。


「舞…ちゃん?」
「大丈夫だよ、きっとうまくいくよ」


いつの間にか、舞も翼へ上り同じ目線。
痛いくらいのちか…手が震えてる。



今度は千聖が舞を抱きしめた。

「不甲斐なくてごめん」
「そんなこと…いわないでよ…」

「ごめん、でも絶対舞は行かなくてもいいくらいに
大きいの沈めるからね!」
「やだっ!いやぁぁぁあ」


急に千聖を突き飛ばして叫び始めた。
あわてて近寄るとなおも拒絶される。


「そんな簡単に死ぬとかいわないで!」
「ま、まい」

「本当は…いやなの!ここに居るみんなが死んでいくのみたくない!」
「…」

「それでも、仕方がないんだって分かるけど…
でも千聖が行くのは笑って見送れないよ…っ」



語尾が少しずつ小さく震えて行く。
もう一度、ゆっくり近づいて頭を撫でる。

今度は拒否られなかった。



「舞ちゃん…生きて」
「千聖…」


気持ちを落ち着かせるために
涙がこれ以上でないように。


「千聖はずっと靖国神社で待ってるから」








つづく

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