戦姫〜千年華〜

□戦姫〜千年華〜9
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遠く離れた今でも境のない空に拳をあげる
私は、あなたに救われた。





【戦姫 9】




門前の一件から数日が過ぎ
あの後は問題も起きず予定通りに私たちは




後藤様のお屋敷へ着くことができた。





「お初にお目にかかります、愛理と申します」
「お付きの黒と申します」

「うんうん、よく来たね〜話は聴いてるよ
自分の家だと思ってくつろいでね〜」
「…ご迷惑をおかけします」





ニコリと笑う後藤様は私の想像を遥かに超えていた。
いい意味で。




「黒、あなたにもお部屋があるから愛理姫に聞いてね」
「わ、私にそのような…勿体のうございます」



恐縮してしまっている黒を見つめる。
今も顔を隠して見せてはくれないけど

なんとなく、なにを考えているのか
わかるくらいには親密な仲になれたと思う。





後藤様から見回りの許可を得て
二人で屋敷をまわっているときだった。







「ねぇ、黒」
「はい、なんでございましょうか」



きっと、私の発言は突拍子もないことなんだって
黒の反応を見るまで思いもしなかった。



「隠密をやめる気はない?」
「えぇ、そうですねぇ…はい!?」




まぁ、所詮農民上がりなんてこんなものだと
思い知る場面も多い。




「そ、そんなに驚かれると私まで驚いてしまうわ」
「はぁ…すみません」



理解できないとでもいうような顔




「ところで、どう?」
「…物心付いたときから隠密をしているので」




辞めるという選択肢は最初からないと言っていた。


































後藤様のお屋敷で暮らし始めてから数週間が経った。
自由、それでいて満足な暮らしをさせていただいている。


「愛理様、どちらへおでかけで」
「稽古をしてきます」


音もなく黒は私の隣に来た。
普段は感じない黒の一面を最近よく感じる。


「私もお供いたします」
「助かります」





音がする、何気ない日常の音。






こんなに時間が経ってしまって
姫様方はどうしているか不安でたまらない。




そんな動揺は矢先に必ず現れるものなのです。





「…愛理様」
「何本か折れてしまったわ…」


的に当たり損ねた矢は薪へとなり
武器という使い道を絶たれる。





そんな当たり前の事が今はとても…怖い。





「愛理様、お散歩へいかれませんか?」
「黒…私はこのままではいけないの」

「愛理様…」
「散歩よりも武術を磨かなくてはダメなの」




私はまだ、姫様方に会うことを諦めてはいない。
黒の困惑した様子もだいぶ慣れた。




「私は暗殺用の技術しかありませんが、それでもよいですか?」
「それでもいい…一つでも多くの知識と技を会得したいのです」




それでも、教えてくれる黒はとてもお人好しなんだと思う。




「今宵は寒さが酷いそうですから日暮れには戻りますよ?」
「ありがとう、くろ!」





ーーーーーーーーーーーーーーーーー




止めるつもりでいたのですが、どうもこの方の困った顔には
弱いみたいで、私もまだまだです。


竹刀を構えたまま動かない。
出方を伺っているのは私も同じですが



「手加減なしだからね!」
「愛理様こそ、本気でお願いします」



この方は武術に対しての感がとんでもなく冴えている。
それは生死を分けるとても大切な才能。

私なんかが追いつけない及びもしないそんな世界を
時に愛理様は見せてくれる。



「きゃっ!…っ!」
「…!」




私にできること。




「あ、愛理さまっ!?」
「流石に同じ手は何度も食わないわ」




この任を聞いた時からずっと考えていた。
この任は私の力を必要としていない。


与えられた意味が…わからない。































城を離れてから一ヶ月近くが経過した。
私たちが動いたことはあっという間に敵側に知れ渡り

大きな合戦になったのは作戦通りです。






「…中々動きませんね」
「うん、動かれたら一気に決まりそうだけど」



二週間近くつづくにらみ合いに流石のちっさーも疲れを見せ始めていた。



「姫、夕餉のお時間です」
「うん、行こうか」


目の前に並ぶ食事は城に居た頃に比べれば
幾分も質素なもの。




だけど、そんな食事でも下の兵士たちに比べれば全然いい。




皆は、あってないような食事を取っているんだと私だって
知ってる。



「姫?」
「もう、休みます」

「な、何言ってるんですか!?また、食事を残して
体が持ちませぬ故、これくらいは食べていただきます」



ちっさーの剣幕に少し驚きながらも
言い放つ。



「本当に…食べられないの…下のものにでも食べさせて」
「ひ、姫ッ!」




急いで天幕を出て、少し長く息をついた。




周りの者がきっとちっさーをなだめてくれる。
私はこれでよかったんだ。







−−−−−−−−−−−−−−−−





廊下からぼんやりと外の景色を眺める。
とても、のどかな毎日です。



そんな日常にはとても似つかわしくない
表情のままの方もいますが。



「愛理様」
「…」


まただ。


「少しはご自愛ください」
「あ、あとちょっとだけですからぁ」



むさぼるように読んでいた書を取り上げる。
ここまでしないと、いつ倒れてもおかしくない。


「いけません、それよりもお団子頂にいきませんか?」
「…うーん…」


後ろの本棚を見ながらどう断ろうか考えているらしく
私にはすべてお見通しなのですよっ!

「さっ!いきますよー!」
「く、くろー!?」




抵抗する愛理様を連れて行くと
ふんわりとした顔でお団子の前に後藤様は
いらしていた。




「遅れてすみません」
「大丈夫ですよ」


後藤様は座ったばかりの愛理様をしばらく見つめた後
ゆっくりと愛理様の頬に手を当てて昨日の稽古でついた傷を撫でたのです。



後藤様はどこか切ない表情をなさっていて




「後藤様…?」
「稽古も大事だけど体はもっと大事だからね」



赤面した愛理様は大人しく出されたお団子を食べ始めました。
それを、やさしい眼差しで見守る後藤様。



あの、愛理様をうまく操る人は今のところ
この人、意外に私は知りません。




そう、平和な日常に愛理様の不安や心配は
隠れて見えなくなっていることにすら気づけずにいた。






























丑三つ時、人は眠りにつき
一番静かな刻。


そんな刻に私は何をやっているのかというと
鎧の手入れと旅立ちに備えた準備です。



いつまでも、ぬくぬくと守られているわけには
いかないし、何よりも姫様や千聖が危ない中じっとはしていられない。






そんな中、聞こえてきたのは…少し重く暗い声。




「黒ちゃん」
「…っ!なにか御用ですか?」



黒が驚く事はかなり珍しいはずですが
後藤様はよく、黒を驚かせる。



「ずいぶん、そっけないねぇ」
「…隠密相手に殺気立てて来られるからです」


声は少しずつ小さく消えていった。
それでも、微かに残る違和感に目が離せなくなっていたんだ。


でも、ごく僅かだけど聞き取れ、それは
これから先の不安を…掻き立てられるような


そんな言葉でした。




「後藤様、私は用があるので」
「逃げることはないでしょ、16番」




――あぁ、そうでした。中島様でしたね。






つづく

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