戦姫〜千年華〜

□戦姫〜千年華〜8
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通り過ぎる風
刀と胴のぶつかる音



【戦姫 8】



血飛沫を上げた武者はピクリとも動かなくなり
馬の蹄の音。


「愛理様、お乗りください」
「うん」


昔に乗った姫様の馬と違って
気性も激しくやせ細っていて

何よりも鞍がなく馬そのものに驚いた。


「愛理様?」
「黒…私、乗り方がわからなくて」


ハッとした雰囲気の黒になんだか情けなくなってきて
ふと、俯いてしまっていたら黒が手を引いてくれた。



「鞍のない馬はここに引っ掛けて乗ってください」
「はい、あ、乗れましたっ!」


細さもあるのかもしれないけれど
風を切って進むその感覚はきっと鞍をつけては

経験できなかったんだと思うと噛み締めるように手綱を引いたのです。




――――−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



馬を降りて休憩を取っていると
黒がいつにもまして陰険な雰囲気を出していた。



「黒?」
「はい」

「あなた、今なにを考えているの?」
「馬の加速方法です」

「どうすれば、早くなる?」
「思いつく限りでは…どうにもなりません」

「本当に?」

「…本当は武具を外せればもっと早くなりますが…」
「うん…外せない…絶対に」

「私もです、ですから腰を痛めないようお気を付けて」
「分かっています」


明るかったその場は火を消せば当たり前だけど
消せば暗くなる。


私の高さと馬に乗った高さ。



今は、馬に乗った高さが当たり前になりつつあった。























東の土地から来た私たち
誰も教えてくれなかったけど

姫様達が戦を行う場所を私は知っている。


そこを避けて通らないといけないと黒が考え込んでいるのも



知っているの。


ちょうど、中間に当たる位置。
計算して走っているのだろう。




私の予想では…今宵にそこを通り抜けると踏んでいる。



ひと目でいいから…姫様を見れないかと
思っているけど、難しいかもしれない。



「この地は合戦中ゆえ気配をなるべく消しておいてください」
「承知っ」


黒の指示に近いんだと知る。


すごい勢いで通り抜けていく中
旗が見えたんだ――。


それは、見たこともない旗だった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



パチパチと音がする。
私は黒。

目の前にいる陰湿な表情の愛理様から、頂いた名前。


まぁ、なんとなくあの方の心情は理解できる
きっと、ひと目でも見たいって思ったのだと思う。


この辺は合戦地帯でどこかにはいるだろうけど
正直な話…私にすら、どこにいるか見当がつかない。


運が悪ければ…愛理様は姫様方に接触しかねない


「くろ」
「は、はいっ!?」


しまったっ…!

「魚が焼けましたよ」
「へっ?あ、ありがとうございます」


思わず声がひっくり返ってしまったけれど
大丈夫だったみたい。



ドキドキする。
口に含んでいる魚の味がわからないくらいに。


「予定では明日ですよね?」
「はい、予定では今宵この一体を抜ければすぐです」


この方は私の上をいくらでもいくとんでもな人
だから、私は、あと少しすらも、気を抜いてはいけないのです。
























長かった夜もはっとすれば白み始め
朝が少しづつ広がっていったんだ。


前を走る黒は相変わらず何も言わないけれど
周りの景色が変わり始めていて


町が近いと知らせてくれていた。



「黒、あれって…!」
「はい、あの門を通れば平泉です」


馬を降り、引きながら門の前まで行った瞬間


「うっぇっ…ごほっ!く、黒っ!」



黒に襟を掴まれて後ろへ放り投げられた。


どこからか矢を放たれ私は庇われたんだと…知った。


刀を握ったまま動かない黒。
未だ、位置がつかめず二本目を待つ黒に

私は恐怖を感じていたんだ。

これが素の姿なんだとしても、私が知っている黒は
もっと…感情豊かでもっと暖かい


「動かないでください!」
「っ!…はい…」


ドキドキと胸がうるさくて集中できないっ…!
手がまた震えて抑えきれない


私はこんなにも…役に立てなかったんだ。



矢を見つめながらそんなことばかり浮かんでくる。


――いいですか、こんな場合は矢から位置を探るのです。



ふと、千聖の声がした気がして

修練の時に言われた事が頭をよぎった。


「…ありがとう、千聖」

矢から位置を特定し
その後、反撃を許さぬ速さで相手を落とす。


「っ…!黒っ!!」
「感謝します、愛理様」



黒が止めをさしたその屍に私はもう
何も感じなくなっていた。


「参りましょう、愛理様」
「そうですね、黒」







つづく

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