泥棒

□You taught me,
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ガラリ、と大衆居酒屋の戸を開ける。

店の中では自分と同じような年格好をした仕事帰りサラリーマン達がテーブルを囲み、賑やかに飲んでいる。
その喧騒を背に、カウンターの隅に腰掛けビールを注文する。

ポケットから所々焦げついた鍵を取りだし、コト、とカウンターテーブルの上に置いた。

今日は、銭形のかつての部下の命日である。

彼が死んだ、海を挟んでずっと遠くの地では、もうすでに日付は変わっているかもしれない。が、そんな細かいことを一々気にする性分でもない。

ただ、きっかけがありさえすればよかったのだ。
彼のことを思い出し、悼み、弔うきっかけが。

思い出そうと思えばいつでも思い出せた。
思い出し、過去を省みて、悔やむことなどいくらでもできたのだが。
日々の勤務に追われ、いつしか彼の記憶に蓋をしていたのだ。

(今日くらいゆっくり話をしてやらないと、そろそろ化けて出そうだからな。)


オスカーの死を、死として受け入れるには抵抗があった。
結局あの気味の悪いテーマパークの焼け跡をいくら捜索しても、彼の遺体は出てこなかったのだ。

(……殉職、か)

そんな納得のいかない彼の死に名前をつけるとすれば、やはり殉職でいいだろう。
誇りを守り抜いた末の、殉職。
それで十分だろう。

ジョッキを持ち、一気にビールを煽る。
半分ほどビールの残ったグラスの向こうに、"ZNGT"の文字が黄金色に輝いた。

『銭形警部!』

明るい笑顔を浮かべ、パタパタとこちらへ走ってくる姿が脳裏に蘇る。

健気な奴だった。
まるで厳格な父親にキャッチボールをしてもらおうと、懸命にボールをこちらに投げてくるいじらしい少年のような奴だった。

最期はそのボールを抱き抱えて、散ってしまったが。

……もしお前が生きていたなら、
こうして二人、酒を飲み交わしてみたかった。
感情に飲まれやすいお前のことだから、きっとすぐに酔っ払って泣き出すことだろう。それとも笑い上戸だろうか。

こんなことを考えることも、馬鹿げているように感じた。
まだどこかで奴が生きているような気がしてならなかったからだ。

(…本当はお前、すぐ近くで俺のことを見てるんじゃないか?)


店を出ると、夜風が生温かかった。
ほどよく酔ったいい気分で、空を見上げながらゆっくりと歩きながら、手のひらに握り締めていた鍵を空高く放った。


勢いよく空へ飛び出したそれは一瞬の静寂の後に、元の手のひらへ帰ってきた。

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