しっぽや1(ワン)

□歓迎会&合格祝いパーティー〈後編〉
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事情を知らないその場の全員にポカンとした顔を向けられ、気恥ずかしい思いを感じながら俺は説明を始めた。
「日野とは元々友達だったけど、俺と白久に巻き込まれた感じで黒谷の飼い主になったんです
 それをヒントに、このパーティーで皆のことも巻き込んじゃおっかなって」
俺はヘヘッと笑って舌を出す。
「こいつに巻き込まれなかったら、俺は黒谷と巡り会えなかったかもしれない
 ここにいる人たちは、皆、何かの縁で繋がって巻き込まれてると思うんです
 だから、それをより強固にしたいな、とか僭越ながら思ってみました
 こう言うと格好良いけど、皆のおかずをアテにして楽しちゃおって魂胆だったりして」
日野も悪戯っぽく笑ってみせた。

「今日のために僕もシロも特訓しました
 皆さんのお好きな具を巻き寿司にします」
黒谷がマイ巻き簀(す)を誇らかに掲げて見せると
「こちらの先出しの海鮮太巻きは、桜様と新郷から分けていただいたお刺身で荒木と日野様が作ったものです
 酢飯以外にも私達っぽく桜エビご飯、茶飯、豆ご飯、黒ごま鰹節ご飯を用意してありますのでオニギリ感覚で召し上がってみて下さい」
白久も巻き簀を取り出した。
皆からは割れんばかりの拍手がわき起こっていた。


巻き寿司屋が出動して皆の御用聞(ごようき)きをしながらその場の具でどんどん巻き寿司を作っていく。
「考えたな、お前達らしいよ
 あの出来事をこんなにポジティブに昇華しようとするなんてな」
ゲンさんが優しい笑顔を浮かべて俺に話しかけてきた。
「日野の言う通り、楽しようとしただけですよ
 ゲンさんは何を巻く?って、もちろん長瀞さんの作ったチキンだよね」
おれはチキンを切り分けている長瀞さんに視線を向ける。
「荒木、いきなりチキンを巻くと油で崩れやすくなるので、チキンはレタスにくるんでから巻いて下さい
 ご飯は豆ご飯でお願いします」
長瀞さんに指示されて俺が巻き寿司を作ると、彼は鮮やかにそれを切って2切れだけ取り分け皿にのせ、ゲンさんに差し出した。
「ナガトと荒木少年のコラボか、美味いなー」
ゲンさんが美味しそうに巻きずしを食べてくれて、俺は嬉しくなった。
「あの時にゲンさんが居てくれなかったら、俺、こんな風に笑うこと出来なかったんじゃないかって思うんです
 ゲンさんにはお世話になりっぱなしですね、いつもありがとうございます」
俺は改めて頭を下げた。

「荒木少年と白久の絆の賜物(たまもの)だ
 日野少年と黒谷を巻き込んでなお、白久と強く結ばれてくれて嬉しいよ
 俺とナガトくらい幸せになってくれ
 そういや、俺も慎吾を巻き込んだ口だったっけ
 よし、桜ちゃんと新郷の刺身で、もう1本巻いてもらうかな
 桜エビご飯っての試してみたいから、それでよろしく」
「シソとキュウリも入れて下さい」
すかさず長瀞さんの指示が飛ぶ。
俺が作った巻き寿司を美味しそうに食べてくれる2人を見て
『俺と白久も、こんな風になりたいな』
と思わずにはいられなかった。


「荒木君、これって巻けるかな?」
カズハさんがメンチののった取り分け皿を持ってきた。
「切れば大丈夫です、ちょっと待ってて」
俺はナイフで巻きやすい大きさにメンチを切っていく。
「荒木、ご飯は黒谷の旦那バージョンで、ソースもかけてな
 カズハ、野菜も入れた方が良い?」
「そうだね、荒木君カイワレ入れてみてくれる?」
俺はその注文に従って巻いていった。
2人は出来上がった巻き寿司を半分に切り、分け合って食べている。
「美味しい、荒木君、これ凄いアイデアですね」
「こんなの売ってないもんな、珍し美味い」
手放しで誉められて、俺は嬉しくなった。

「今回のお題、メンチにしたんですか?」
そう聞くと
「うん、出来合いだと手抜きっぽいけど、空との思い出の味になってる気がしてどうしても選んじゃうんだ」
カズハさんは照れたように笑った。
「俺も好きだけどさ、これって元は波久礼の兄貴が好きだったんだぜ
 兄貴も松阪牛好きだから
 兄貴のお目付役でこっちに来なかったら、俺、今でもカズハのこと知らないで山の中で暮らしてたかも
 兄貴が来たのは、荒木に里親になってもらった子猫に会いたかったからだろ?
 んで、その子猫の中身は、前に荒木が飼ってた猫だって
 結果的に、荒木がカズハに会わせてくれたことになるのかな
 縁ってやつは、不思議なもんだな」
空が珍しく真面目な顔で頷いていた。

「荒木君達の事件を知って、僕達もお互いの心の闇に気がついてしまった
 でもそれを自覚しないで表面だけで付き合っていたら、今ほど深く愛し合えなかったと思うんです
 あの闇を自覚したからこそ、今の光がより輝かしい
 僕達にとってもあの事件は特別なことでした
 乗り越えた荒木君のように強くありたいと、僕も頑張ってます
 僕なりに、ですが」
照れた顔で微笑むカズハさんに、胸が熱くなってしまう。

「隣の芝生より、自分の芝生の方が青いって思いましょう」
「まったくです」
俺達はクスクスと笑いあった。
もう2人とも、前の飼い主や飼い犬の事を現在と比較しようとは思わない。
それは『今』の彼らの飼い主は『自分』なのだと言うことを、十分自覚できるようになっていたからだった。
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