しっぽや1(ワン)

□歓迎会&合格祝いパーティー〈前編〉
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side<ARAKI>

しっぽやでのお茶の時間、お茶菓子を用意しながら俺は先日のタケぽん主催のプチパーティーの事を思い出していた。
『軽食は簡単な物だったけど、お菓子は手が込んでたよなー
 流石ひろせだ、喫茶ひろせと言うだけのことはある』
俺は素直に感心する。
今日のお茶菓子は海苔煎餅、ゴマ煎餅、最中(もなか)、ようかん、松露(しょうろ)にしてみた。
和風で統一してあるが、自分で作った物は1つも無い。
お茶はオーソドックスな緑茶だ。
『オリジナリティーが感じられないんだよな』
俺は思わずため息を付いてしまう。
控え室にいた化生達が首を傾げて見ているのを感じ
「ごめんごめん、何でもないよ
 お茶にしよう、事務所にも声かけてくるから食べて」
俺は慌ててそう言うと、控え室の扉を開けて出て行った。

「お茶の準備できたから、手が空いてたら食べに来いよ
 それか、こっちに持ってこようか?」
パソコンに向かっていた日野に声をかける。
「今行く、ちょっと煮詰まってたから気分転換に丁度良いや
 今日のお菓子何?」
「和風で煎餅とか小豆系
 おまえ用にお徳用割れ煎餅出すから、皆の分まで食うなよ」
俺は一応釘を刺した。
「はいよ、でもさ、煎餅って割れ煎餅の方が美味く感じない?
 色んな味が入ってんのが、また良いんだよな」
「ふかやと同じ事言ってる」
俺は棚から煎餅の大袋を取り出すと日野に手渡した。
袋を抱えた日野は早速封を開け、バリバリと中身を食べ出している。
俺はゴマ煎餅をカジりながら
「パーティー用のメニュー、もう考えた?」
気になっていることを聞いてみた。

「いや、まだ考えてない
 今回のお題『自分達らしさ』だろ?
 今夜泊まって、黒谷と2人で考えようと思ってるんだ
 お前は?もう白久と相談したのか?」
逆に聞き返されて
「俺もまだ、ここんとこ泊まりに行ってなかったし
 やっぱ白久と一緒に考えるのがベストだよな」
俺は腕を組んで考え込んでしまう。
「特に指定はないけど『自分達』ってのは飼い主と化生の事をさしてると思うぜ
 ゲンさんと長瀞さんはおもてなし好きだから、『パーティーメニュー』作るって言ってたな
 桜さんと新郷は『活け作り』だろうし、タケぽんとひろせは『お菓子』じゃないか?
 こないだのプチパーティーの時も、菓子の方に力が入ってたもんな」
日野の言葉に俺は頷いた。
「カズハさんと空は紅茶系のお菓子かな」
「ウーロン茶で煮豚とか出来るし、甘いものとは限らないかも
 月さんとジョンは丸く見える満月メニューで、中川先生は忙しそうだから、ケータリングとか?
 ナリとふかやは郷土料理系で攻めてきそう
 ダークホースはウラと大麻生だな、何を持ってくるか想像できない」
「確かに」
俺は神妙な顔で頷いてしまう。

「今回は俺が参加するパーティーの中でも最大人数だから、何をどのくらい用意しようか悩むんだよ
 メニューの決めようがなくて
 白久にパエリアでも作ってもらおうかと思ってたんだけど、俺達らしいメニューとは言えない気がしてさ
 ちなみに、お前専用パエリアは黒谷に作ってもらって個別に持ってくることになってるから」
「何だよそれ
 でも、黒谷の作るパエリアか、アリだな」
俺達は顔を見合わせて笑ってしまった。


「そういや、ソシオの飼い主が決まったって聞いたか? 
 何か飼い主が事故って入院してるから、パーティーまでにはこっちに来れないんだってさ
 ナリの友達のバイク乗りらしいぜ
 バイクはメチャクチャになって、修理費かなりかかるとか
 俺、バイクの免許取るときはナリに教わるつもり」
声をひそめた日野に
「マジか…俺もそうしとこう
 まあ、バイクより車の免許の方を先に取るけどさ」
俺も囁き声で返事を返した。

「でも、ソシオの飼い主決まって良かった
 化生してから一人が長かったみたいだもんな
 白久も長く一人だったから、飼い主が居ない化生のことは気になっちゃって
 孤独を抱える時間は短い方が良いんじゃないかってね
 白久はもう俺に会えたから、それは無駄な時間じゃなかったって言ってくれるけどさ」
俺は愛犬の健気な言葉を思い出し、胸が熱くなった。
「それを言われると、俺も心苦しいよ
 過去の俺が命令したせいで、黒谷は飼い主を失った絶望を2度も抱えてずっと生きていたから
 再び会えるかどうかもわからない俺を待って、ずっと一人で
 俺と黒谷を結びつけてくれたのが白久の元の飼い主ってのは、皮肉だけどな
 あの人は白久に会いたかっただけだろうに」
日野は暗い顔で俯いた。


ゲンさんとカズハさんくらいしか詳しい経緯を知らない俺達だけの一夏の秘密。
あの事件では化生と元の飼い主のあり得なかった絆を、俺達だけが体験したのだ。
あれから随分時が過ぎた気がしていたが、まだ2年も経ってはいなかった。
事件後に白久と共に過ごした時間は、俺の中で特別な輝きを持つものになっている。
きっと日野と黒谷も同じだろう。

『自分達らしさ』

俺達は見つめ合って頷いた。
「パーティーのお題、一緒にやろう」
ほとんど同時に宣言し、俺達は手を取り合うのだった。
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