しっぽや1(ワン)

□結果・2
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side<HINO>

「僕が緊張しても仕方ないのですが、足が上手く動かせている気がしません」
黒谷がギクシャクと歩きながら俺の後を付いてきていた。
クールで知的な甲斐犬の化生である黒谷のそんな動きは見ていて微笑ましい。
俺も同じように緊張していたが、それが少し和らいだ。

黒谷はざっくりとした黒いセーター、喉元にはシルバーアクセ、黒いジーンズに黒いジャケットと黒尽くめの格好をしている。
制服姿の俺と並ぶとどう見えるか気にはなったが『犬好きの奴が見れば、合格発表に犬を連れてくる犬バカ』にしか見えないだろう。
今日は俺が受験した大学の合格発表の日なのだ。
流石に1人で行く勇気が出ずに、黒谷に付いてきてもらっている。
黒谷も気になって仕事どころではないと言っていたし、受験日のグダグダっぷりは他の化生も目(ま)の当たりにしているので、黒谷と白久が休む事を快く承諾してくれた。

「ラッキードッグが一緒だから、大丈夫だよ
 良い感触だったし」
そう言いながらも『回答欄を間違えたんじゃないか』『俺なんかじゃ太刀打ちできない天才ばっか受験しにきたんじゃないか』そんな不安が頭を持ち上げてしまう。
長く不幸体質だった俺には、なかなか『手放しで喜べる状況』というものを考えることが出来なかった。
電車での移動中も黙りがちになってしまう。
不安そうな顔で俺を見ている飼い犬に気が付き、彼のジャケットの裾をギュッと握る。
「迎えに来てもらうこともあるかもしれないから、大学までの行き方をバッチリ覚えてね」
俺の言葉で、とたんに愛犬の顔が真剣な物に変わった。
「かしこまりました、まずは電車での移動ルートを頭にたたき込みます」
黒谷の頼もしい言葉に満足し、また俺の緊張が少し緩むのだった。


大学構内は発表を見に来ている制服姿、その付き添い者が多数見受けられる。
掲示板のある辺りは特に混雑していた。
人混みに邪魔されて、上手く番号を見ることが出来なかった。
「もうちょっと遅い時間に来た方が良かったかな」
精一杯伸び上がる俺に
「番号を教えてください、僕も探しますから
 それくらいならお手伝いできます」
黒谷が真剣な顔で話しかけてくる。
俺が手渡した受験票の番号を見つめ、少し伸び上がると番号を探し始めた。
掲示板を見つめる瞳は獲物を狙う猟犬の目のようで鋭いくらいに格好良く、俺はちょっと見とれてしまった。

「ありました!」
興奮した黒谷の声が、惚けていた俺の頭に届くのに数秒を要した。
「あった?」
「はい、あちらの右側の真ん中より下の方です
 見えますか?」
見る場所を教えてもらえたので、伸び上がった俺の目に何とかその数字が入ってきた。
「本当だ!あった!受かってる!」
部活と受験勉強とバイト、楽しくも忙しかった日々が胸の中によみがえり感無量になる。
あの時の俺の頑張りは、この日のためにあったのだ。
「おめでとうございます」
愛犬の晴れやかな笑顔が、目に眩しく映った。

「そうだ、婆ちゃんに電話しないと」
俺は人の少ない隅に移動して、スマホを取り出した。
今まで世話をかけてきた婆ちゃんには、1番に俺の声で報告したかった。
「大学受かってたよ!
 あ、うん、書類とか貰って帰る
 え、じゃあ、唐揚げが良い、色んな味のやつ、それとおにぎり
 帰る前にメールするよ」
通話する俺を、愛犬はニコニコしながら見ていてくれた。
「婆ちゃん、凄く喜んでた
 今夜は好きなもの作ってくれるって言うから、唐揚げ頼んじゃった
 取りあえず書類貰って、駅前のファミレスに移動しようか
 皆への連絡とか、そこで落ち着いてからする」
「はい、お供します
 あちらに合格者用の案内表示がされておりますよ」
愛犬は俺が電話している最中も周りを気にしてくれていたようだ。
俺達は用事を済ませると、意気揚々と大学を後にするのであった。



ファミレスに落ち着いて注文をすると、俺はスマホを取り出してメールを作成し始める。
愛犬は俺のためにドリバでコーラを入れてきてくれた。
自分用にはカルピスを用意していた。
「黒谷、それ好きだよね」
「昔は、ご馳走みたいな特別な飲み物でしたから
 秩父先生からお中元でいただいた時には、皆で少しずつ楽しんだものです
 カルピスウォーターなるものが発売されたときには、こんなに手軽に飲めるようになるなんて、と驚きました
 どうも何時までも昔の感覚が抜けないようです」
黒谷は恥ずかしそうに苦笑する。
「婆ちゃんも似たようなこと言ってたかも
 カルピスって凄い昔からあるんだよね
 でも和銅は飲んだ事なんて無かったんじゃないかな
 あいつの家、子供を売るくらい貧しかったし…」
一瞬だけ愛犬と遙か以前の他人だった自分の事を考えてしまった。

「次は俺にもカルピス入れてきて
 今を生きる特権、味わっとくよ」
「はい」
俺は優しく微笑む黒谷を独り占めできる特権も同時に味わえる幸せを感じるのだった。は
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