しっぽや1(ワン)

□戦いの果ての幸福
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side<ARAKI>

『終わった!』
最後の試験が終わり会場である大学構内から出てきた俺は、喝采を叫びたい気分だった。
『これで自由な身分に戻ったぜ』
受かっているかどうかは、この際おいておく。
今はただ、この軽くなった心を満喫したかった。
とは言え昨夜も緊張していつまでも参考書を見ていたのであまり眠れず、このまま遊びに行くような体力(と言うより気力)は無かった。
それでも帰る前に駅近のファーストフードで『1人お疲れさまパーティー』をしてから帰ることにした。


ポテト付きのセットとドリンク以外にアイスも頼み、席に着く。
同じ大学を受験したのであろう、うちの学校とは違う制服姿の者がチラホラ見受けられた。
『同士でありライバルだ
 お互い、受かってると良いな』
試験が終わった余裕で俺は広い心持ちになっていた。
『っと、食べる前に、今回は早めに連絡しなくちゃ』
俺はそれに気が付くと、周りを気にしながらスマホを取り出して電話帳から白久のスマホの番号を選び出した。
前回は連絡するまでかなり待たせてしまったので、心配をかけてしまっていたらしい。
あの時は電話をかけると白久はワンコールで出て、焦ったような声で対応してくれたのだ。
捜索中かもしれないけれど、それなら留守電にメッセージを入れておけば良いや、と思い俺は画面をタップして耳に当てる。
今回も、白久はワンコールで出てくれた。

『荒木、お疲れさまです』
耳の直ぐ側で聞こえる白久の声に、疲れが癒されていく気がする。
「また、待たせちゃってた?」
『仕事にならない事が分かっていたので、今日はクロが休みをくれたのです
 家で悶々としておりました
 荒木や皆が頑張っているのに、私だけ楽をしてしまっていて申し訳ありません』
白久の声の調子がシュンとしたものになってしまう。
つい、うなだれる大型犬の姿を想像して可哀想だけど可愛くてたまらなくなってしまった。

「白久だって、俺の安否を気にして頑張ってたと思うよ
 心配してくれてありがとう
 取りあえず、これで試験は終わり
 やっと自由の身になれたよ
 しっぽやでのバイト、頑張らなきゃ
 新しい名刺デザインしてみるね、足りないものとかあったら教えて」
『日野様が、春用のチラシを作ろうか、と言っておりました』
「そっか、春休みに向けてしつけ教室増やした方が良いもんね」
『大麻生が上級者用に、警察犬の訓練を取り入れたしつけ教室を試験的にやってみたい、とも言っていました』
「ああ、参加希望のドーベルマンがいるんだっけ?
 日野の部活の後輩の犬とか言ってたな」
白久としっぽやについて話し合えるのは久しぶりで、やっと日常が戻ってきた気がした俺は思わず笑ってしまっていた。

「どーしよう、何か俺、すっごく幸せだって感じちゃった」
耳の側に感じる白久の声、しっぽやでの新しい試み、参考書漬けにならなくて良い自由な時間。
『しっぽやに荒木が戻ってきてくださる事、私もとても幸せです』
愛しい飼い犬からの健気な言葉。
試験が終わってからこんな事を言うのも何だけど
「俺、頑張るよ!」
ごく自然にそんな言葉が口をついてしまっていた。
『荒木…』
名前を呼ぶ白久が、熱い瞳で俺のことを見てくれていることを感じていた。

『あの、お疲れだと思うのですが、その…』
白久がモジモジと話しかけてくる。
それは何かねだりたい事があるときの言葉に響きだった。
「何?」
俺は優しく言葉を促した。
『私がそちらに向かい、家にお帰りになる荒木をお送りすることは許されますでしょうか』
その言葉に少しビックリしてしまう。
「ここ、しっぽやからだと少し遠いよ?
 むしろ、俺の家からの方が近くて…」
そこまで言って、俺は彼の真意に気が付いた。
白久は俺に会いたいのだ。
会って俺の存在を確かめたい、飼い主を求める彼の必死な想いが感じられた。
『送りたい』と言うのは、そのための方便みたいなものだろう。

「うん、俺も会いたい、迎えに来てくれる?
 今、駅前のロッチリアで腹ごしらえしてるんだ
 白久、この店行ったこと無かったよね
 季節限定の新メニューが美味しいよ、試してみたら?」
俺が笑って答えると
『はい!荒木とまた初めての思い出が増えます!』
弾んだ声の返事が返ってきた。
「ここ、△△駅なんだけど乗り換えとかわかるかな
 しっぽや最寄り駅からは○○駅で××線に乗り換えて、次は△○駅で□□線に乗り換えるんだ」
『乗り換え案内での電車移動を勉強中です、必ずたどり着いてみせます』
オーバーな返事だったけど、白久が俺のために一生懸命になってくれていることがわかる真剣な声に、顔がニヤケてしまった。
「あんまり、堅苦しくないラフな服で来て」
『ラフ…頑張って選んでみます』
電話越しでも白久の緊張が感じられた。
「じゃあ、来てくれるのを楽しみに待ってるね」

こうして受験明け早々、俺は白久とささやかなデートを楽しめることになったのであった。
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