しっぽや1(ワン)

□決戦の日!
1ページ/4ページ

side<SIROKU>

しっぽや事務所の控え室
「「はああ〜」」
私と黒谷は何度目になるかわからないため息をついていた。
今日は荒木と日野の受験の日なのだ。
飼い主の大事な日だというのに、何も出来ないこの身がもどかしかった。
「もう、試験は始まってるよね」
壁に掛けてある時計を確認し、黒谷が心配そうに言う。
「試験会場まで、時間通り無事に着けていると良いのですが」
私はそれが心配で、つけっぱなしにしているテレビのチャンネルを次々と変えていった。
どの番組でも電車遅延のニュースはやっていない。
先ほどから同じ行動を何度も繰り返してしまっていた。
今日は私も黒谷も仕事にならないだろうと、大麻生と空が率先して捜索に出てくれている。
電話番は長瀞が引き受けていてくれた。

「ごめんね、所長がこんな体(てい)たらくで
 皆が居てくれて良かったよ」
苦笑する黒谷に
「大丈夫、サトシも今、似たような感じだよ
 3年生受け持ったの初めてだから心配でしょうがない、って言ってた
 結果が出るまで、暫くモヤモヤするって
 でも、荒木と日野は試験が終わっちゃえばスッキリするんじゃない?
 サトシなんて1クラス分、モヤモヤが続くんだよ」
羽生はホットミルクを飲みながら笑っている。
「うーん、まあ、そうか
 日野は受験終わったら、結果出るまでは毎日バイトに行きたいって言ってたものね
 今日1日の我慢だ
 いや、本当は、我慢するのは僕じゃなくて日野なんだけど」
黒谷は腕を組んで『うーん』と唸っていた。

「荒木はそう言うわけにはいかないのですよ」
私はまた盛大なため息と共に言葉を口にした。
「まだ後1回、試験を受けなければいけないそうなのです
 何でも『日野みたいに頭良くないから、1校だけだと不安』だとか」
「ああ、日野は『家庭の事情』で何校も受けられないって言ってたっけ
 試験を受けるにもお金がかかるんだって
 僕が払おうかと言ったけど『父親が用意してくれた範囲で頑張りたい』って、学費があまりかからない学校を選んでたよ
 飼い主の決めた選択だ、僕はそれに従わないと」
「人の世は、難しいものですね」
私達はしみじみと顔を見合わせる。

「荒木と日野様は、同じ学校を受験する訳ではないのですよね
 仲がよろしかったので、せっかく受かっても学校が別になってしまうのは寂しいのでは」
私は心配していたことを口に出していた。
「僕もそう思ったんだけどさ、しっぽやで会えるから良いんだって
 それを聞いて、ここを2人にとって『帰ってくる場所』にしてあげたいなって思ったよ」
「荒木が帰ってくる場所…」
黒谷の言葉が暖かく胸に染み渡っていく。

「離れていても『しっぽや』があれば、いつだって皆に会える
 ここがあったから、和銅だった日野も帰ってくることが出来た
 進む道は違っても、最終的に帰ってこれる場所にしたいんだ
 あ、もちろん、迷子になった方々が家に帰る手伝いが出来る場所でもあるけどね」
慌てたように最後の言葉を付け加える黒谷に、思わず笑いがもれてしまった。
「そうですね、ここがあったからこそ、私は荒木と巡り会えた
 帰ってくるだけではなく、新たな出会いの場としても『しっぽや』は重要な場所となりました
 この場所を存続できるよう、頑張らないと」
私は姿勢を正して毅然と頭を上げる。
「とは言え、今日はね〜」
黒谷はまた肩を下ろした。
「そうなんですよね〜」
私も一度は上げた頭を、再び下げてしまう。
チラリと見た時計の針は、先ほどからちっとも進んでないように見えた。
『早く受験終わらないかなー』
荒木がさんざん呟いていた言葉の意味が、やっと実感できた気がした。

「「はああ〜」」
斯(か)くして、私も黒谷もいたずらにため息の回数を増やすばかりなのであった。



コンコン

ノックの音とともに、なじみの気配が室内に入ってきた。
「やっぱなー、2人とも辛気くさい顔してると思ったんだ
 大当たりだったろ?」
迷うことなく控え室に直行し扉を開けたノックの主は、新郷と桜様であった。
「今日は荒木君と日野君の受験の日なんだって?」
桜様は少し心配そうに問いかけてくる。
「そうなんです、何もお手伝いできないのがもどかしくて」
私は苦笑して答えた。
「俺が受験した時とは試験の様式が変わってしまったから、言いようがないが…
 本人が頑張らなければ始まらないのは一緒だ」
「そうそう、お前等がヤキモキしても始まらないって
 ほら、これ食って元気だしな」
新郷は老舗の和菓子屋の包みを手渡してきた。

「桜咲くように、桜道明寺と桜餅だ
 桜ものにはまだ時期が早いから、予約して作ってもらったんだぜ
 多めに買ってきたから皆で食って、桜を満喫しなよ
 俺はいつだって桜ちゃんを美味しくいただいてるけどな」
ニヒッと笑う新郷を、頬を赤らめた桜様がギロリと睨む。
しかし本気で怒っていないことを知っている新郷は、それを全く気にしていなかった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ