しっぽや1(ワン)

□デカワンコ奮闘記〈2〉ー黒谷編ー
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side<KUROYA>

大晦日の仕事の後、僕は白久と一緒に買い物に出かけた。
飼い主とお正月に食べる食材や、トリミング(?)のお礼にカズハ君に渡す品物を買って、大荷物で影森マンションに戻る。


「シロ、一緒に年越しソバを食べようか
 ふかやも誘おう、って時間が遅いからもう夕飯食べちゃってるかもしれないけど
 お節なら、少しくらいつまめるかな
 カマボコや数の子、栗キントン、昆布巻きも出そうと思ってるからさ
 彼には三が日の電話番任せてるからね、正月っぽい思いをしてもらわないと罰が当たるよ
 一応、お蕎麦やお節は多めに買ってみたんだ」
エレベーターの中で僕が誘うと
「良いですね、荷物を置いたらふかやを誘って部屋に行きます
 天ぷらはどうします?冷凍庫のエビでエビ天を作ろうかと思っていたのですが
 作って持って行きましょうか?」
白久は笑顔で答えてくれた。
「いや、全部僕のとこで作るよ
 シロの部屋のキッチンを汚すことはない、僕もこの日のためにエビを買っておいたから
 エビ天だけじゃ何だし、シソと海苔の天ぷらも追加しようか」
「何だか至れり尽くせりですね
 せっかくっなので、今夜はとことん所長に甘えてしまいましょう
 しかし私ばかり優遇されていると、他の者に依怙贔屓(えこひいき)だと思われてしまいそうです」
そんな事を言いながらも、白久は悪戯っぽく笑っている。
「皆には内緒にしとこうか」
「そうですね」
僕達は顔を見合わせて、共犯者のように笑い合うのであった。


部屋に帰り着くと、まずは買ってきた荷物を片付け始めた。
3個買ったギフト用ハムの箱のうち、1つは白久に手渡してある。
それでも飼い主と一緒に食べようと買い込んだ食材が、溢れかえる状況だった。
『今は冬だから発泡スチロールの箱に入れてベランダに食材を出しておけるけど、暖かくなってきたら無理だよね
 冷蔵庫、もっと大きな物に買い換えようかな
 外食を多くすれば、食材ため込んどく必要ないんだけどさ』
荷物をより分けながら、そんなことを考える。
日野と外食出来るのは嬉しいし、美味しい物を教えてもらえるので楽しくはあるのだが、僕の料理を食べて笑顔になる飼い主の顔も見たかったのだ。
『そのうち、ゲンにでも相談するか』
そう結論すると、僕は年越しソバの準備にとりかかった。


ピンポーン

天ぷらを揚げている最中にチャイムが鳴り、続いてドアの鍵が開く音がする。
気配で白久とふかやが来たことはわかっていた。
去年の夏の事件を教訓に何かあったときのため、僕と白久はお互いの部屋の合い鍵を持っているのだ。
「わー、エビ天の良い匂い」
ふかやの浮かれたような声が聞こえる。
「犬だったとき、お正月は特別にカマボコの端っこや板を貰えたりしたんだ
 お鍋の中のすくい残したお蕎麦とか、エビ天のシッポも貰えたっけ
 栗キントンが入ってた容器を最後に舐めてキレイにするの、僕の仕事だったんだよ
 直ぐに捨てられるようにって」
ふかやは生前、飼い主と楽しいお正月を満喫していたようだ。

「黒谷、お招きに預かり、ありがとうございます
 僕、色々キレイにしていくからね」
ふかやは得意げな顔をしていた。
「いらっしゃい、さすがにお客様にそんなメニュー出さないから安心して
 夕飯はもう食べちゃった?」
「うん、でもお蕎麦も食べたいな
 夕飯には、貰ったこと無かったお餅を焼いて食べてみたよ
 あれ、美味しいけど犬の時に食べてたら危なかったかも
 凄くネバネバしてるんだね
 通りで、あのお方がくれなかった訳だ」
ふかやは神妙な顔で頷いている。
「あれは、本当に気を付けないとね
 人間でも毎年何人か、お餅で亡くなる方が出るくらいだから
 絶対、焦って食べちゃダメだ
 空が1番危なそうだと危(あや)ぶんでいるよ、カズハ君によくよく言い聞かせてもらわないと
 まあ、バブル犬だからお餅に興味示すか微妙なとこだけど
 生前の正月は牛しゃぶだって言ってたし」
僕は苦笑してしまう。

「クロ、私はお蕎麦を茹でましょうか」
「じゃあ、僕は食器を出すよ
 ここに出ているお節類は、器に出しちゃって良いの?」
2人はテキパキと準備を手伝ってくれる。
「ありがとう、君たちが居ると物事が早く進んで助かるよ」
僕がお礼を言うと
「犬は、リーダーの顔色伺って要領よく立ち回らないと勤まらないからね
 黒谷は従うに足るリーダーだよ」
ふかやは悪戯っぽそうに笑って答えた。
「確かに、そうですね
 うちの事務所の場合、猫もかなり従ってくれますが」
白久も楽しそうに笑っている。
「今のふかやの言葉、ハスキーを持て余してる波久礼に聞かせてやりたい
 絶対僕のこと羨ましがるよ、優秀な部下が多いから」
僕の言葉で2人は吹き出した。

その晩は除夜の鐘を聞きながら、優秀な2人の部下と年越し蕎麦やお節を食べ、楽しく過ごすのであった。
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