しっぽや1(ワン)

□デカワンコ奮闘記〈2〉ー白久編ー
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side<SIROKU>

大晦日のしっぽや業務終了後、私と黒谷は連れだってスーパーに買い出しに来ていた。
「買いに来るのが遅かったかな、お節(せち)的な物が残り少なくなってるね
 この『安納芋を使った栗キントン』っての、気になるんだけど売り切れみたいだ」
黒谷は所々に空きスペースが出来ているお節売場を見てため息を吐いた。
「私はこの『鯛の擂(す)り身入りカマボコ』が気になったのですが、やはりもう無いようです
 せっかくだし新郷が『有名店だ』と言っていた『鈴廣』のカマボコにしてみますか」
私はいつもは買わないような値段の、紅白のカマボコをカゴに入れる。
「伊達巻きじゃなく、今回は卵焼きにしてみようかな
 ほら、あご出汁を使っただし巻き卵なんてあるよ」
「あそこにはニシンの昆布巻きではなく、キンキの昆布巻きがあります
 少し高いけど、お正月くらい奮発しますか」
種類は少なくなっていても、いつも売っている物とは違うお節料理に気持ちは高揚してしまう。

「お正月用って考えると、財布の紐が緩んじゃうね」
苦笑する黒谷に
「2日の夜から飼い主が泊まりに来てくださいますから
 飼い主と一緒のお正月、豪華にしたいですものね
 荒木は煮豆や田作りは好きではないと言っていたので、大きなハムを買って厚切りにして焼いてみようかと思ってます
 そうだ、3日とろろ用に山芋も買わなくては」
私はそう答えると、他に良さそうな物がないかと売場を見回してみた。
「僕はローストビーフにしようかな
 それと富士山や羽子板型の羊羹セットを買わなきゃ
 日野が『正月のお楽しみ』って言ってたんだ
 あのセットに入ってるサクランボの練りきりって可愛いよね」
「荒木にはあれがお正月っぽく感じないようです
 用意した方が良いかどうか聞いてみたら『それ、何?』と不思議そうな顔をされました
 お正月らしさ、と言うものは人によって違うようです」
私は考え込んでしまった。

「昔は『お正月と言ったらこれ』って、かなり共通だったんだけど
 難しいものだね
 日野はお婆様とお正月を過ごしているから、秩父先生に教わったお正月が通じるんで助かるよ
 あ、レトルトのカレーも一応買っておこう
 これ、荒木には通じないんじゃない?」
「そうだと思います」
私たちは時代の変化による飼い主の好みを把握することの難しさを感じ、顔を見合わせて苦笑してしまった。


自分達用の買い物をあらかた済ませると、今度は2人で特別設置されているギフトコーナーに移動する。
年明け2日は早朝からカズハ様にトリミング(?)をしていただく約束になっているので、何かお礼の品を買おうと決めていたのだ。
きっとカズハ様は礼金を渡そうとしても、遠慮して受け取ってくださらないだろうことが予想されたためである。
しかしギフト品を眺めるものの、どれならばカズハ様が喜んでくださるか、さっぱりわからなかった。
「カズハ君、基本は実家暮らしだから、油や洗剤ってそんなに使わないよね
 かといってジュースや缶詰の詰め合わせもどうなのかな」
「カズハ様は紅茶派ですから、コーヒーの詰め合わせも違う気がします
 お煎餅やクッキー等、お茶菓子の方が良いでしょうか」
「焼き菓子だったらケーキ屋さんの方が美味しい物がありそうだ
 でもこの時間じゃ、閉店してるか」
私達は考え込んでしまう。

「飼い主じゃない人間に何か送るって、とても難しいね
 あ、これ豪勢だよ、大きなハムが3個も入ってる詰め合わせだ
 って、空じゃあるまいしカズハ君にハムは無いか
 シロ、荒木に焼いてあげるハムこれにする?」
「そうですね、見た目もインパクトがありますし、荒木が驚いてくださるかも」
私はそう答え、驚いた後の荒木の笑顔を想像して嬉しくなってしまう。
「僕もローストビーフじゃなくこっちにしよう、きっと日野も驚くよ、喜んで1本くらい一気に食べてしまうかも
 3本入っていれば、足りないこともないだろうし」
飼い主の喜ぶ顔が何よりのご褒美だと感じる私の胸に、ある考えが浮かんできた。

「喜ぶ…確かにこれは、空が喜びそうですね
 カズハ様には、これを送った方が良いのでは」
私の提案に、黒谷も直ぐにピンときたようだ。
「成る程ね、カズハ君は自分よりも空が喜ぶ方が嬉しいと思ってくださる方だ
 たまには空にバブルな気分を思い出させてやるとするか」
黒谷は悪戯っぽく笑うと、ハムが入った大きな箱を3個、自分のカゴに入れた。
「所長権限、シロの分は特別ボーナスで僕が払うよ
 いつもありがとう」
「それでは、今回は甘えさせていただきます」
付き合いの長い友の厚意が、胸に暖かく染み渡っていく。
「私も日野様が喜びそうな物を見かけたら、買ってみますね
 荒木に聞けばわかると思いますから」
「ありがとう、あの2人が仲の良いままで良かったよ
 あのまま仲違(なかたが)いしていたら、僕達の進む道も分かれていた
 日野と引き合わせてくれた荒木には、本当に感謝しているんだ」
黒谷はしみじみと頷いている。
あの事件があった後も私を飼ってくれている荒木には、どれだけ感謝してもしたりない。

荒木に会える楽しみを思い、私の心は早くも年明けに飛ぶのであった。
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