しっぽや1(ワン)

□雅(みやび)な風〈8〉
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side<NARI>

ふかやの部屋で彼の手相を視ようとした私は、全くと言っていいほどその線が読みとれず、そのことに深く落ち込んでしまった。
これで『職業占い師』だなんて、おこがましいにも程がある。
それなのにふかやは『私のせいではない』と言って励ましてくれた。
その彼の優しさが嬉しかった。

しかも彼はこんな私ともっと一緒に居たいと言ってくれて、夕飯に誘ってくれる。
私が泊まっていけるなら、ドッグカフェを案内したいと言い出したのだ。
気落ちした私のことを気にかけてくれているのだろう。
私は彼の優しさに甘えてしまうことにした。
しかし甘えてばかりでは申し訳ないので、今夜の夕飯を食べに行くため私が車を出そうと誘い返す。
彼は越してきたばかりだと言っていたし車を持っていないので、この近辺でも行ったことがない店があるのではないかと気が付いたからだ。
歩くと1時間以上かかる場所も、車なら手軽に行ける距離である。
大きな道路沿いならふかやが知らない店があるのでは、と思ったのだ。
それから
「職場に顔出して、きちんと説明した方が良いんじゃないかな」
そう言ってみた。

しっぽやはとても良い職場のようだけれど、流石に挨拶なしで何日も休むのはマズいのではないか、と気になっていたのだ。
私が行っている短期バイト先でも、メールやラインの連絡だけで急に休みたいと言ってくる人は常識を疑われていた。
占いの仕事は予約が入っても何の連絡もなくキャンセル(後日判明…)されることは度々あるのだが、きちんとした企業であればそう言う訳にもいかないだろう。
私の言葉に頷いて、ふかやは事務所に行くことを了承してくれた。
「ナリとお揃いのライディングジャケット買ったて自慢しなきゃ」
気を使ってくれたのだろう、彼は職場に行くのは何でもないことだと言うように明るく振る舞っていた。
しかしふっと不安そうな顔になり
「あの…、もし急に用が出来ても、黙って帰らないで僕が戻ってくるまで居てくれる?」
伺うように聞いてくる。
「大丈夫、ちゃんと部屋に居るから
 ふかやって、甘えっ子だね」
上司に怒られるより私が黙って帰る方が怖いとばかりの彼の態度がおかしくて、思わず笑ってしまった。
安心させようと頭を撫でると、フワフワの彼の髪が手に心地良い。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
親しげな挨拶を交わす私達の関係って、ちょっと恋人同士みたいかな、思わずそんなことを考えてしまう。
私にとってふかやは、離れ難い特別な存在になっていたのだった。


ふかやが『好きに過ごして良い』と言ってくれたので、私は主(あるじ)不在の部屋でくつろいでいた。
テレビをつけてみるが、まだ退屈な正月番組が多かった。
ニュースが間に入りそうな情報番組を流し、お湯を沸かすと新しいコーヒーを淹れる。
冷蔵庫を覗いたら、ありふれたメーカー、ありふれた値段の物しか入っていなかった。
インスタントコーヒーは冷たい牛乳にも溶けるポピュラーなもので、詰め替え用がストックされているのを発見する。
このマンションを見たときは別の世界の住人のように感じていたふかやが、一気に身近に感じられた。

お茶請けで出されていた煎餅やカステラの残りをつまみながら、私はスマホで店の検索を始めた。
『高級店、とかは考えなくて良さそう
 むしろ庶民的な味の方が口に合いそうだよね、ファミレスとか
 とは言え、ふかやにとっては遠出になるだろうし、せっかくだから珍しいと思ってもらえる店に連れて行きたいな』
そんなとき、見るともなく付けていたテレビがファミレスの特集をしていることに気が付いた。
何店舗か紹介されているのを見て
『ロイヤリティホスト…最近行ってないや
 ファミレスでも、ここってちょっと高級感あるメニューなんだよね
 今やってるフェア、美味しそう』
検索したら、このマンションから車で40分前後で行ける場所に店舗があった。
『ここなら行ったこと無いかも』
店を決めた私はふかやの喜ぶ顔を想像し、嬉しくなった。
気が抜けたのか、少し眠気がさしてくる。

『ふかやが帰ってくるまで、少しだけ横にならせてもらおうかな』
食器を片付けるとテレビを消す。
『ちょっとだけだから、アラームはかけなくていいか』
スマホをテーブルの上に置いて、私はベッドにもぐりこんだ。
ふかやはいつもこのベッドで寝ているんだ、と思うだけで胸がドキドキしてしまった。
『何だか今の私って、危ない人みたい』
自分自身に苦笑してしまうが、ベッドで布団にくるまれていると彼に抱かれているように感じる。
その幸福感からか、ほんの少しのうたた寝のつもりが私は深く熟睡してしまったようだ。

ふっと意識が覚醒すると、部屋の中は真っ暗になっていた。
窓から差し込む月明かりで、かろうじて部屋の輪郭が見て取れる。
人の形をした真っ黒い影がしゃがんだ状態でベッドにもたれ掛かっていることに気が付いた私は、恐怖のあまり全身に鳥肌が立ち、声を出すことすら出来ず硬直してしまうのであった。
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