しっぽや1(ワン)

□雅(みやび)な風〈7〉
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side<HUKAYA>

化生してからの僕の生活は、初めての体験の連続だった。
人の体で生活を送り、しっぽやでペット探偵として迷子の犬を捜索し、同僚やその飼い主達と親しく付き合う。
それはとても刺激的で楽しい日々であった。


年が明けても僕の初めての体験は続いていた。
初めて1人でする事務所の電話番、初めての猫の捜索、そして初めての飼ってもらいたい人との出会い。

今日は飼ってもらいたいと思っているナリが、僕をバイクに乗せてくれることになったのだ。
犬だった時にあのお方には車であちこち連れて行ってもらっていたけど、バイクに乗るのは初めてのことである。
ナリやナリの友達がバイクに乗る時の注意を色々教えてくれた。
僕を後ろに乗せることでナリを危険な目にあわせないよう、教えてもらったことを心に刻み込む。
ジャケットやブーツを借り準備を整えて、僕とナリは外に出て行った。

バイクに跨がってナリに腕を回し密着すると、甘い痺れが身体を走り抜ける。
『このまま、いつまでもナリを抱きしめていたい
 もっと深くナリに触れたい』
そんな欲望は、バイクが走り出すとたちまち消えていった。
『ナリを転倒させるわけにはいかない』
ナリの身体からも緊張が感じられ、僕は彼の動きに自分を合わせようと必死になった。
『飼い主と一緒に走る、それは犬の本分じゃないか』
そう気が付いて、ナリが僕にどうして欲しいか感じ取ろうと努力する。
それは犬の時にやっていたアジリティ(犬の障害物競走)を思い起こさせ次第に楽しくなってきた。
ナリのかすかな体重移動に合わせ、僕も真似をして体重を移動させる。
いつしか僕達の動きは一つになっていた。
電車や車に乗って移動しているのではない、自分が走っているのだという実感を伴いながら景色が凄いスピードで流れていく。
犬の時にドッグランで全力疾走しても、こんなに早く走れたことはなかった。
飼い主と一緒に風のように走れる喜びに、僕の胸は打ち震えるのであった。


暫く走って、ナリはコンビニの駐車場にバイクを止める。
僕達は店でホットの缶コーヒーを買って、駐車場の隅で一緒に飲み始めた。
コーヒーを口にすると、その温かさにホッとする。
走っているときは興奮していて寒さなんて感じなかったけど、身体は冷えていたようだ。
寒さを感じなかったのはナリと一緒にいることも大きかった。
彼の側に居られるだけで、僕は心が温かくなる。
彼とずっと一緒に居られたら、彼に飼ってもらえたら、どんなに幸せであろう。
ナリの優しい顔に見とれ、想いが押さえきれなくなった僕は
「あの、ナリ…、その…
 僕は、ナリに…」
思わず言葉を口に出してしまっていた。
それでも決定的な『飼って欲しい』という事を口にすることは出来なかった。
いきなりそんなことを言われたらナリはどう思うだろうと考えると、気持ちが挫けてしまう。
初めて会った荒木に『飼って欲しい』と伝えられた白久の勇気には、感服(かんぷく)するしかなかった。

言葉の続きを待っているナリの視線に耐えられず
「僕と友達になってください
 また、一緒に走ってください」
何とか無難に聞こえる言葉を発して頭を下げた。
『僕は意気地なしだ…』
萎んでいく僕の気持ちは
「私達、もう友達だと思うよ」
ナリのその一言で一気に膨れ上がって爆発した。
彼はバイクにも乗れない僕を『友達』だと言ってくれたのだ。
今はその関係で十分だ。
喜びのあまり思わず彼を抱きしめてしまったが、彼は拒まなかった。
気分が盛り上がっていたせいだろうか、ナリから好意を向けられた気がしたが、それは『友達に対する友情』だろう。
それが『愛しい者への特別な感情』に変わってくれるよう頑張ろうと、僕は決意を新たにするのだった。



翌日、バイク用のジャケットやブーツを買いに皆で店に行くことになった。
店には同じ様な物がズラッと並んでいて、僕には何が何だか分からなかった。
ナリと友達(彼らも僕と友達になってくれた!)があれこれと見繕ってくれなければ、1日かけても買い物なんて無理だったことだろう。
ナリが自分用にと新しく買ったジャケットは僕の物と色違いのお揃いで、それはいつも事務所で『飼い主とお揃い自慢』をされていた自分にとって夢のような状況だった。
「ナリとお揃いだって、事務所で皆に自慢しちゃおう」
勢い込んで言うと
「私とお揃いなんて、自慢するほどの事かな」
ナリは少し照れたように笑っている。
それでも
「散財しちゃったけど、一式新品で揃えると嬉しいよね
 ふかやって背が高いから、ジャケットとブーツが凄く様になってるよ
 元が取れるくらい、タンデムしなくちゃ」
そう言って優しく微笑んでくれた。

ナリに褒めてもらって、タンデムに誘ってもらって泣きたくなるような喜びに満たされる。
彼と交わす言葉は、いつも美しい宝石のような煌めきを感じさせるものであった。
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