しっぽや1(ワン)

□雅(みやび)な風〈6〉
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side<NARI>

家から脱走してしまった私の飼い猫の『スズキ』を、ペット探偵しっぽやの人達はすぐに発見してくれた。
1日以上かかっての発見ではあったが、それは『すぐに』と言いたくなるほど鮮やかで、まるで魔法を見ているようだった。

しっぽや所員である『ふかや』。
彼はとても美しい外見ではあるものの、背が高く人懐こいところが何となく大型犬を思わせた。
ふかやからは私への個人的な感情がたびたび感じられ、彼は私のことが好きなのではないかと思ってしまう。
そして、会ったばかりであるというのに私もふかやに惹かれている自分を感じるのであった。


「わ、美味しい」
スズキの捜索を終えたふかやと長瀞さんが作ってくれたお昼ご飯は、本当に美味しかった。
「ナガトは事務所1の料理上手なんだぜ
 ナガトの手料理を食べられるなんて、君らは運が良い」
長瀞さんと特別な関係にあるらしいゲンが、得意そうな顔を見せた。
「お口にあって良かったです
 皆さんお節(せち)が続いて和食は飽きてるかと、中華にしてみました
 チャーハン、八宝菜、麻婆豆腐、簡単なものばかりですが
 ふかやが重い中華鍋を振ってくれたので、私は楽できましたよ」
長瀞さんはゲンに誉められて嬉しそうな笑顔になり、かいがいしく彼の小皿に料理を取り分けている。
その様子は微笑ましかった。

「料理、気に入ってくれた?」
ふかやが伺うような視線を向けてくる。
「うん、凄いねふかや
 あの鍋重くて、私は炒め物に使えないんだ
 うちでは揚げ物専用で使ってるんだけど、大きいから一気に炒められて良いね」
私の言葉でふかやの顔が輝いた。
『可愛い…』
私はその笑顔に見ほれてしまう。
「ナリが今晩も泊まって良いって言ってくれたんだ
 タンデムの練習しようって
 僕も電話かけとくから、長瀞とゲンからも明日も休むって黒谷に伝えてくれるかな」
ふかやが言うと
「まかせとけ、捜索は空に頑張らせりゃ良いって」
「ふかや、良かったですね
 私も頑張りますから、貴方も頑張ってください」
2人は何故か嬉しそうな顔をしている。
急に休みが欲しい、なんて言っても嫌な顔を見せないどころか心からそれを喜んでいるような笑顔に、しっぽやという場所の懐の深さが伺い知れた。
皆で楽しく昼ご飯を食べ一息入れてから、ゲンと長瀞さんは帰っていった。


「タンデムの練習すんの?
 なら俺のメット貸してやろうか
 ナリのじゃふかやには小さいだろう」
「ライディングジャケットは俺の使って良いぜ
 つっても、ふかやって背は高いけど細いから俺のじゃ大きいかな」
「ブーツ、俺の使う?シューズの方が良いか?
 遠出する訳じゃないから、多少サイズが合ってなくても大丈夫だろ」
「最初は怖いかもしれないけど、出来るだけ体に変な力入れたり偏った体重移動は避けるんだぜ
 まあ、ナリは無茶な運転しないからその辺大丈夫だと思うけがな」
「ナリは素人とのタンデムに慣れてないもんな
 飛ばすなよ、まあ、こんな町中で飛ばしてたら減点くらっちまうけどさ」
「ナリはお前とは違うよ」
友達が初めてバイクに乗るふかやに色々用意して、アドバイスしてくれている。
私も彼らに誘われてタンデムし、その魅力に取り付かれた一人であったと懐かしく思い出してしまった。
ふかやがバイクで走ることを気に入ってくれるかどうか、私の走りにかかっているという現状に少し緊張してしまう。

「じゃあ、ちょっとその辺走ってくるよ」
着替えた私はふかやと一緒に玄関から表に出る。
皆から借りた有り合わせではあるものの、ライディングジャケットをはおりブーツとグローブを装着したふかやは様になっていた。
メットで甘い顔が見えなくなると、長身のふかやは迫力があった。
長年バイクに乗っている者のような風格だ。
しかし
「ナリが危険な目に遭わないよう、気を付ける
 えっと、体に力を入れないで自然体でいた方が良いんだよね」
話しかけてくる声は緊張していた。
「私の体重移動に併せてもらえるとありがたいよ
 最初は怖いだろうけど、ゆっくり走るから」
そう声をかけると、彼はコクコクと頷いていた。

彼の腕が腰に回された瞬間、また痺れるようなゾクゾクする感覚に襲われた。
『ふかや、静電気体質なのかな、バチって強い衝撃はこないけど』
少し不思議に思うものの、走り出すとそんなことを考えている余裕は無くなった。
彼の命を預かっていることに緊張してしまう。
ふかやにもその緊張は伝わってしまったのか、先程よりも腕に力がこもっていることがわかった。
しかしそれは長い時間ではなく、彼はすぐに私の動きに併せることを覚えてくれた。
そうなると、私の方も緊張が解けていく。
彼は運動神経が良いのか勘が良いのか、初めてバイクに乗ったとは思えない体重移動の仕方をしてくれる。
腰に回されている彼の腕がなければ、1人で走っているような自由さを感じられた。

私は少しスピードを上げてみる。
ふかやに緊張はなく、完全に私の動きについてきていた。
密着している彼から喜びの気持ちのようなものが流れ込んでくる気がして、私も嬉しくなっていく。

私達は1つの風になって走っているようであった。
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