しっぽや1(ワン)

□雅(みやび)な風〈5〉
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side<NARI>

皆がうっかりしていた。
今回のことは、そうとしか言いようのない事態であった。
私の飼い猫であるバーマンの『スズキ』が家から脱走してしまったのだ。
両親が正月休みを利用して1週間ほど旅行に行く間、仲の良いバイク友達と集まって気ままに過ごしていた時に起こった事故だった。
皆、猫を飼っていて猫の扱いには慣れている、その油断があったため私は友達が来ても猫をケージに入れず自由に歩き回らせていた。
スズキの兄である『ヤマハ』は物怖じしない性格でお客が居ても気にせず自由に過ごすし、臆病なスズキは私の部屋から出てこない。
いつものパターンでいてくれると思っていたのだ。


それは正月明けの1月2日のこと。
『次のツーリングにはどこに行くか』と言う話題で私達は盛り上がっていた。
結局行き先は決まらず
「少し頭を冷やそうか、換気しないと一酸化炭素中毒が怖いしね
 温かいけど、このストーブはそれが面倒で」
私はそう言って話に区切りをつけ、応接間の窓を少し開ける。
「立ったついでにコーヒーでも淹れるよ
 何か、ノド乾いちゃった」
「俺、ブラックで」
「俺は牛乳入れて砂糖抜き」
「俺はどっちも入れてくれ」
気の合う仲間からのいつもの注文に
「わかってるって」
私は笑って応えると、台所に移動した。
足下に猫がジャレツいてくる。
私が台所に行く気配に目ざとく気が付いたヤマハであった。
「ヤマハには何もあげないからね
 牛乳もダメ、今朝、皆に貰ってたの知ってるんだから
 彼等が猫に甘いの覚えたんでしょ?要領良いなー、ヤマハは」
そう言ってもヤマハは私に付いてきていた。

「しまった、ポットのお湯が少ないや
 薬缶で沸かした方が早そうだ」
私は薬缶を火にかけてカップを用意するとインスタントコーヒーを入れる。
牛乳と砂糖を用意し、お湯が沸くまでの間ヤマハを撫でていた。
応接間の方から騒がしい声が聞こえてくる。
「また、モメてるのかな?
 でも、仲が良いから遠慮なく意見を言えるんだよ
 誰の言うことにも一理あるし、雪の危険がある時期のツーリングは行き先に慎重になるよね」
私はヤマハに話しかけ、沸いたお湯でコーヒーを作るとお盆に乗せて皆のところに戻っていく。
ヤマハも当然のように付いて来た。
「お茶請けは出さないから、何も貰えないよ?」
それでもヤマハは尻尾をピンと立て上機嫌で歩いていた。

応接間のドアを開けた私に
「すまん、ナリ
 窓からヤマハが逃げた」
「今朝、牛乳あげたときはご機嫌だったのに、何か気に障ることしちゃったかな」
「取りあえず、ちょっと探してくる」
慌てている彼等が声をかけてくる。
「え?ヤマハならここにいるけど?」
彼等が何を言っているのか、私は一瞬わからなかった。
私の言葉を受け
「じゃあ、まさか…」
「さっきのは…スズちゃん?」
「でも、自分から部屋に入ってきて…ってマジ?」
彼等は呆然と顔を見合わせる。
「そうだ、毛が擦れてて、今はどっちも首輪外してたんだ
 ごめん、それじゃ見分け付かないよね
 スズキがこの部屋に入ったの?
 あー、ここでヤマハが牛乳貰ったの知ってて羨ましくなったのかも
 臆病なくせに、ヤマハのやること真似したがるから」
私はお盆をテーブルの上に置くと、窓に近寄って外を見てみた。
しかし、猫の姿はどこにも無かった。

「多分、遠くには行ってないと思う」
「庭から出てても、正月で車通りが少ないのは幸いだ
 でも、急いで探した方が良い」
「とにかく、近所を見てくるわ」
猫飼いのプロらしい分析で、彼等は迅速に事に当たってくれる。
玄関に移動する彼等を追って
「私も行くよ」
窓を閉めると、私もその後に続いて行った。

近所を探しに行くのは友達に任せ、私は庭を見て歩く。
『スズキ、大丈夫だから出ておいで』
心の内でそっとスズキに呼びかけてみる。
アニマルコミュニケーター、なんて大層な能力は持っていないけど、子供の頃から勘が強く多少は不思議な体験をしてきた。
今はそれを頼りに『占い師』の真似事のような仕事をしている。
そのせいもあって、猫とは強く繋がっていると思っていた。
『気配』のようなものを感じ取れると思っていた。
しかし、庭からは何も感じなかった。

『私が「愛してる」って伝えると、スズキもヤマハも満足そうにノドを鳴らして「愛してる」って応えてくれる気がしていた
 自惚れてたかな、自分には特殊な能力があるって
 猫飼いなら、誰にでも出来ることなのに』
私は自己嫌悪に陥ってしまう。
『占い師』なんて言っても師事していた先生には遠く及ばないし、まだまだ勉強中の身でそれだけで食べていける訳じゃなく、バイトの方が収入が良いくらいだった。
そんな私が猫の気配を感じ取れると思っていたことが恥ずかしくなる。

しかし庭の外に探しに行く気にはなれず、暫く歩き回って猫のいた痕跡を探そうと試みた。
しかし何の収穫も得られないまま、やはり意気消沈して戻ってきた友達と合流し、家に帰って対策を練ることにするのであった。
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