しっぽや1(ワン)

□雅(みやび)な風〈4〉
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side<HUKAYA>

しっぽやが休みの三が日、飼ってもらいたいと感じる声の持ち主から捜索依頼の電話があり、僕は勢い込んで出かけていった。
猫の捜索依頼であったが、生前は猫とも上手くやっていたという自負があったので、自力で探し出せると思い込んでいた。
しかし、現場で状況を確認した僕は絶望的な気分に陥ってしまう。
捜索対象である猫、バーマンの『スズキ』さんは子猫の頃にトイプードルに噛まれ犬嫌いになってしまっていたのだ。
元々臆病で神経質だったらしい彼女は、どうやっても僕一人では探し出せそうになかった。
長瀞に応援を頼み翌日に出直すつもりであったが、依頼人『石原(いしわら)』さんの厚意で彼の家に泊めていただけることになる。
何をやっても上手くいかないダメ犬の僕に、彼は優しくしてくれた。
彼とその友達と楽しい一時を過ごし同じ部屋で眠りについた僕は、幸せと不甲斐なさに落ち込みたくなる気持ちに挟まれ、複雑な一夜を明かすのであった。



ふわ、ふわり

頬に触れる柔らかな毛の感触に、僕の意識が浮上する。
『フカヤ、ゴ飯出シテー
 キラキラノ袋ニ入ッテルカラ、ソレ開ケテ
 ササミフリカケモカケテ』
枕元に座るヤマハ君が、僕の頬を前足でツツきながらそう訴えかけてきた。
部屋の中はまだ薄暗く、低い鼾が響いていて誰かが起きている気配はなかった。
『何時…?』
僕は充電させてもらったスマホで時間を確認する。
『5時半過ぎ…
 ヤマハ君、いつもこんなに早い時間にご飯貰ってるの?』
そう聞いてみると
『ママガ早ク起キタ時ハ、貰ッテル
 今ハ、フカヤガ起キタカラ、貰エルハズダヨネ』
得意満面、と言った感じの想念が返ってきた。

『お母さんは早く起きた、と言うより、貴方が強引に起こしているんでしょ
 もう少し明るくなるまで待ってください
 僕が勝手にご飯をあげるわけにはいかないから
 ほら、それまで一緒に寝ましょう』
僕はヤマハ君の体を強引に毛布の中に押し込んだ。
『エエー?』
不満気な鳴き声を上げつつも、ヤマハ君は毛布の中でグルグルと回りながら良いポジションを探していた。
やがて僕の脇の下で丸くなる。
『ジャア、モウチョット待ッテアゲルカラ、ちゅるーモ出シテ』
そんな想念を送ってくると、ヤマハ君はプープーと鼻を鳴らして寝入っていた。

『チュルー?ああ、ウエットタイプの猫のおやつか
 羽生が「凄い美味しそう」って、テレビCMに食いついてたっけ
 あれ、猫に人気が高いんだな』
それを思い出し、僕は一人笑ってしまう。
『僕がチュルーをあげたら、スズキさん、怖くないプードルだってわかってくれるかな』
そう考えるものの、発見できなければおやつをあげるどころではい。
それでも僕は、石原さんと共に暮らす猫に嫌われたままでいたくなかったのだ。
『長瀞が取りなしてくれると良いんだけど…』
取り留めのないことを考えながら脇に居るヤマハ君の温もりを感じ、僕は再び眠りに落ちていった。


カサリ

シーツの擦れる音で、僕の意識は再び覚醒する。
ヤマハ君はまだ脇の下で安らかな寝息をたてていた。

カサカサ、ゴソゴソ

それは皆を起こさないように、といった気遣いを感じさせる小さな音であった。
その音の主が石原さんだと気が付くと、心臓がドキドキしてきた。
先ほどよりは明るくなってきていたが、部屋の中はまだ薄暗い。
彼に気が付かれないよう寝たふりをして様子を伺うと、着替えているようだった。
着替え終わった石原さんは、ドアを開けて部屋から出ていった。
廊下を歩く音、玄関の鍵が開く音に続き、庭を歩く音が聞こえる。
『スズキさんのこと心配して、庭を見に行ったのか』
そう考え至ると、昨日の失態続きの自分を思い出し気が滅入ってきた。

沈んだ気分の僕の胸に、光のシャワーが降り注ぐ。
『え?』
何か温かいものが心に触れているのがわかった。
ヤマハ君が起き出して枕元に移動し、ノドを鳴らしながら座り込んだ。
『気持チ良イデショ、なりノ心
 スズヲ安心サセヨウトシテルンダ
 デモ、ボクノコトモ好キダッテ言ッテルヨ』
上機嫌でヤマハ君はそう教えてくれた。
『好き…』
確かにそれは愛に溢れた光のように感じられるものだった。
それに気が付くと、泣きたくなるほど石原さんの存在が愛おしくなる。
そして『触れたい、触れてもらいたい、飼ってもらいたい、守りたい、側にいたい、愛してる、愛されたい』僕からも止めようもない想いの激流が溢れ出していた。


やがて足音が聞こえ、彼が部屋に戻ってきた。
「すいません、起こしてしまいましたか」
彼は申し訳なさそうに僕に小声で話しかけてくる。
先ほどの彼の心のシャワーを思い出し、ドキリとしてしまう。
「母が早起きなもので、早朝からご飯をねだってくるんです
 7時過ぎるまで、ほっといてかまいませんから」
彼の視線の先にはヤマハ君がいた。
何事もなかったような彼の態度に戸惑うものの
「ヤマハ君にチュルーをあげる約束をしたんです
 後で貰っても良いですか?」
僕は苦笑して頼んでみる。
彼は少し驚いた顔をしたが
「はい、ヤマハ、お客さんは甘いことを知ってるんですよ」
そう答えて笑ってくれた。

その笑顔で、僕は今日を頑張る力を貰えた気がしたのであった。
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