しっぽや1(ワン)

□雅(みやび)な風〈3〉
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『「バーマン」
 原産国 ミャンマー
 中型よりやや大きい、ミディアムロングでシングルコートの長毛種
 性格 落ち着いていて優しく、大きな体の甘えん坊
    家族を愛しほかの犬や猫とも上手に接します』

僕はその説明文を読んで少しホッとした。
犬と上手に接することが出来るなら、僕が捜索しても発見できそうだったからだ。
シングルコート、というところも親近感を抱かせた。

ヒマラヤンやシャム猫っぽいポイント柄であるが、足先が白いのがバーマンの大きな特徴だ。
これなら他の猫と間違えないだろう。
この4本の足先が白いことに関しては伝説が残されていた。

高僧に大切に飼われていた白猫が、彼が息を引き取ろうとしたときにその体の上に飛び乗ると、高僧の体に触れていた足先だけは白いまま、猫は青い瞳と金の毛をまとい女神の姿に変化したとされているらしいのだ。
高僧は寺に祀(まつ)られている女神像を盗賊から守ろうとして、亡くなってしまったとか。
諸説色々あって細かいところは違うものの、白猫が高僧の体に触れて足先の色だけを遺したという部分は共通している。
己の存在を変貌させるほど、この猫が高僧のことを好きだったことが伺える逸話を読んで僕は益々この猫種に好感を覚えていた。


乗り換えはスムーズにいき、僕は予定通りの時間に依頼人の家の最寄り駅に着くことが出来た。
住所を教えてもらっていたのでスマホにそれを入力し、地図を頼りに現地に向かっていく。
途中で猫の気配を探ってみるものの、反応はなかった。
きっと外にいる猫達は風を避けられる場所から出てこないのだろう。
猫の化生ならもう少し深く周囲を探ることも可能であったかもしれない、そう考えると自分が依頼を受けてしまったことが浅はかなものに思えてきた。
落ち込んでしまいそうな気分を奮い立たせるよう、僕は両手で頬を挟み力をいれる。
これは、犬だった自分にあのお方がしてくれた励ましだ。
『フーガならきっとやれるよ』
訓練学校で実技を披露する際、あのお方は必ずそう言ってくれた。
『そうだ、僕ならきっと出来る』
胸の内に聞こえるあのお方の励ましの声に答えるよう、僕は大きく頷いて前を向いて歩き出していくのだった。


『ここか』
駅から歩くこと20分弱。
僕の目の前には2階建ての一軒家があった。
新しくはない。
むしろ古い感じのする家で、もしかしたら犬だった僕が生まれる前から建っていたかもしれないような家だった。
しかしよく手入れされていて、さっぱりとした印象を受ける。
キレイに整備されている広めの庭には、数台の大きなバイクが並んでいた。

『石原』と書いてある表札の横に付いているチャイムを、ドキドキしながら鳴らしてみる。
家の中にチャイムの音がこだました。
暫く待っているとガチャリと鍵の外れる音がして、ドアから数人の大きな男の人たちが出てくる。
彼らは僕を見て口々に
「え?あれ?聞いた話と印象が違うけど…」
「??、何か、デカくねーか?」
「甘ったるい人形みたいな顔じゃんって、え?デカくね?」
何だか戸惑っているような言葉を発していた。
『これ、荒木にもされた反応だな
 「遠近感が狂う」って言われたっけ』
彼らはゴツい感じに見えるが、動物が好きなのだろう。
僕の顔を何となくプードルと連想しているものの、体が大きすぎて混乱しているようであった。
『やっぱり「プードル」と言えば愛玩犬の「トイプードル」がポピュラーなんだよね』
僕は苦笑してしまった。

それでも気を取り直し
「はじめまして、僕はペット探偵『しっぽや』の捜索員『ふかや』と申します
 こちらはお電話でご依頼のあった『石原』様のお宅で間違いないでしょうか」
そう挨拶をして頭を下げる。
「あ、やっぱ、ペット探偵の人だ」
「依頼したのは、ここの家で間違いないっす」
「おーい、ナリ、探偵さん来たぞー」
男の人たちは口々にしゃべり出した。
「やっとヤマハをケージに入れられたよ」
そんなことを言いながら姿を現した人物を見た瞬間、僕は心臓が破裂するかと思った。

年は、カズハよりは上であろうか。
身長もカズハより高そうであったが、僕やここにいる他の男の人たちに比べると低かった。
黒い瞳は優しそうなのに、意志が強そうな光を宿している。
真っ直ぐなサラサラとした黒髪は耳の先あたりでキッチリと切りそろえられ、優美な顔を縁取っていた。
彼のふっくらとして柔らかな唇から
「遠いところをお呼び立てしてすいません
 私が依頼人の石原 也(いしわら なり)です
 寒い中、ここまで来るのは大変だったでしょう
 まずは家に上がって温まってから探すことにしてください」
優しい声音で、優しい言葉が紡がれた。
僕はその場にくずおれ彼に縋りながら『飼ってください』と言いたい衝動と必死に戦っていた。
彼の姿、声、その存在の輝きが僕の心を埋め尽くしていたのであった。
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