しっぽや1(ワン)

□雅(みやび)な風〈3〉
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side<HUKAYA>

しっぽやが休みの三が日、一人で電話番をしていた僕に劇的な電話がかかってきた。
それは、その人の声を聞いただけで『飼ってもらいたい』と感じる人間からの依頼の電話であった。
猫の捜索依頼であったが、どうしてもその声の主の力になりたくて犬である僕が捜索を引き受けてしまう。
依頼人の住所は事務所から遠かったけど、スマホの乗り換え案内で調べると昼前には最寄り駅に到着できそうである。
僕は逸(はや)る心に突き動かされ、手早く準備を整えると事務所を後にした。
刺すように冷たい北風が強く吹き付けてきたが、彼の元に行けると思うだけで僕の心には暖かな光が点(とも)るのだった。



勢い込んで事務所を出たが、冷たい風に吹かれながら歩いていると徐々に気持ちが落ち着いてきた。
独断で猫の捜索依頼を引き受けてしまったことを黒谷に報告しなくては、僕はやっとそのことに思い至る。
歩きながらスマホを取り出し、黒谷にかけてみることにした。
飼い主との楽しい初詣の最中だと思うと気が引けたが、仕事のことなのでそうも言っていられない。
黒谷は直ぐに電話に出てくれた。

『どうした、事務所で何かあったの?』
少し緊張したような声が耳元に聞こえてくる。
「依頼がきました
 猫の依頼だったのですが僕が出ることにして、今、移動中です
 事務所の電話は双子のところに転送するようにセットしてきました
 勝手なことをしてすいません
 でも、電話で聞いた依頼人の声に魅了されたと言うか…
 あの声の主に、飼ってもらいたいと感じたのです」
僕の言葉で、黒谷が息を飲む気配がした。

『そうか、声で感じるとは…
 凄いね、今までそんなケースはなかったよ
 双子には僕の方からも連絡しておこう
 今日は空が家にいるって言ってたから、犬の依頼が来たら彼に任せればいいさ
 君は依頼人のお役に立てるよう、頑張って
 きっとふかやなら、猫でも探し出せるよ』
黒谷は感心したような吐息と共に、そう言ってくれた。
「依頼人の住所が遠いので、遅くまでかかってしまうかもしれません
 それで…、延長料金の方は、僕の勉強代と言うことで依頼人には請求しないでもらって良いでしょうか」
僕は気になっていたことを確認する。
『そうだね、君の気が済む形にすると良い
 と言うか、シロみたいに特別料金で払ってもらっても良いかもね
 ああ、特別料金の形態についてはシロから説明させるよ』
黒谷がクスクス笑って何か囁いているのが聞こえたかと思うと、直ぐに電話の声が白久に代わった。

『今、話はざっと聞きました
 猫との意志疎通は難しいですが、ふかやなら私よりスムーズに出来ると思います
 ただ、彼らは自(みずか)ら姿を消す場合があるので、その見極めは早く付けなければなりません
 その点だけは急を要します
 私は…手遅れでした』
真剣な白久の言葉に、僕は気が引き締まるのを感じていた。
『え?ああ、料金形態?
 荒木は高校生だったので軽めに設定してみました』
黒谷に何か言われたのだろう、白久の言葉が少しひそめられる。
『頭を撫でていただいたり、抱きしめさせていただいたり、キスをさせていただいたり、その時々で色々と
 その辺は、ふかやのその場の判断で良いと思いますよ
 すいません、あまり詳しく言うと荒木が恥ずかしがるので』
最後の言葉は本当に小さな囁きとして聞こえてくる。
側にいる荒木に怒られたようだった。

『良い結果が出ることを祈ってます』
そんな白久の声の後
『ふかや頑張って!ふかやの誠意はきっと通じるから
 困ったら白久に連絡してよ、俺、今日はずっと白久と居るし、猫飼いとしてアドバイスできるかもしれないからさ
 応援してる』
急に荒木の声が聞こえてきた。

『黒谷にも連絡して良いからな、俺も今日はずっと黒谷と一緒だから
 これといってアドバイス出来ないかもしれないけど…
 俺も応援してるからな』
今度は日野の声が聞こえてくる。
『こっちのことは気にしないで、何かあったら遠慮なく連絡して
 皆、君のこと心配してるよ、孤軍奮闘(こぐんふんとう)みたいになっちゃってるもんね
 特殊ケースだし、事務所の基本設定みたいなものは無視して構わないからさ
 ふかやのやりたいようにやってみてよ』
また、電話の声は黒谷に戻っていた。
皆に心配され励まされて、僕はしっぽやに所属できて良かった、と改めて思い
「ありがとうございます、依頼人のお力になれるよう頑張ってきます」
心からの感謝を伝え、通話を終了させた。


駅に着くと調べておいた電車に無事に乗ることができた。
電車に遅延は出ていないようで、ホッとする。
空いている車内で席に座ると、僕は再度スマホを取り出した。
『移動中に調べ物出来るって、ありがたいな』
そんなことを思いながら、依頼のあった猫種について検索し始める。
事前に猫の性格などを頭に入れておいた方が良いと思ったのだ。
少しでも早く猫を発見し、依頼人に安心してもらいたかった。
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