しっぽや1(ワン)

□雅(みやび)な風〈2〉
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side<HUKAYA>

『化生(けしょう)』
それは生前、飼い主に対して何も出来なかったことを嘆き悲しんだ獣達が、次の生こそは人の役に立ちたいと、人に化けて生きている切ない存在。
獣の輪廻の輪を外れてまで人と共にありたいと切望している、悲しい存在であるとも言えた。
過去にあった絶望を乗り越え新たなる飼い主を求める彼らの気持ちが、僕には痛いほど分かる。
『人と関わり、その側に居たい』
その想いは僕の胸の内にも熱く燃えているからだ。

化生のような存在がいることに、生前の僕は全く気が付かなかった。
ましてや、自分がそんな存在に変貌(へんぼう)することになるとは思ってもいなかった。
『もし化生を知っていたら、もっと早く化生してあのお方を助けられたのでは』
そう思いもするが、すぐに化生出来ていてもあのお方を助けることは間に合わなかっただろう。
何もかも遅すぎたのだ。
今の僕に出来ることは、次に飼ってもらいたいと思える人に出会えるまで、人の役に立てるような知識と経験を深めておくことであった。



「ふかやは勉強熱心だよね
 僕はパソコンってのは怖くてあんまりイジレないからさ
 関係資料の閲覧程度しか出来ないんだ」
化生してから出来た仲間の『黒谷』が感心したような視線を向けてくる。
化生達は『しっぽや』なる場所でペット探偵をしながら、人との繋がりを持っていた。
黒谷は、そのしっぽやの所長だ。
生前の僕が苦手だった和犬、しかも飼い主以外に心を許さないワンマンズ・ドッグとして名高い甲斐犬だけど、彼は陽気で面倒見が良く公平な犬であった。
「私も見習わなくては」
同僚である秋田犬の白久も穏やかに僕に微笑みかけた。
「いや、シロよりも見習って欲しい奴がいるけどね」
黒谷が肩を竦めると、白久も苦笑する。

マウスを操作する手を休め
「僕もまだ分からない用語を調べたり、資料の閲覧程度しか出来ていませんよ
 しかし今は、あのお方がパソコンを使っていた時より環境が良いのですね
 電話も同時に使えるし、画像が多くても画面の切り替わりが早くてビックリしました
 それにこれ、マウスの中に玉が入っていないのにカーソルが動くとか
 何というか、あのお方と共に過ごしていた時間は遙か過去なのだと思い知ります」
僕は少しため息を付いてしまう。
僕にとってはあのお方と過ごした日々は昨日のことのように鮮明に思い出せるのに、それはもう10年以上も過去の出来事になってしまっているのだ。

「いやー、僕が生前に飼い主といた時代はパソコンどころかテレビも電話もなかったよ
 次に飼って貰ったときだって、ラジオが関の山だったし」
黒谷が苦笑して頭をかくと
「私も同じようなものです
 クロが和銅に飼っていただいていた時代、電話なんて庄屋さんの家以外には無かったですものね」
白久も感慨深げに頷いている。
「そうか、君たち、共に長い時を生きているんだ
 そういえば君たちだけ愛称で呼び合っているし、仲が良いんだね」
僕は彼らの過ごした遙かな時間を感じていた。
「今では1番長いですが、私が化生するまではクロは親鼻と一緒でしたよね」
「ああ、何年か親鼻と2人だけの時代もあったよ
 君が化生してきたとき、名前が生前の毛色だったことに親近感感じて、面白がって生前の名で呼び合ったのが愛称呼びの始まりだっけ
 昔はペットに凝った名前なんて付けなかったもんね」
「親鼻は『華(はな)』という、呼び名は単純なのに華やかで凝った名前だったので驚きました
 華族に飼われていたからですかね」
「ジョンあたりから、バタ臭い名前も出てきてたな」
彼らの話は想像もつかないほどの大昔に思われ、彼らが飼い主を待っていた果てしない時間のことを考えると目眩がしてきた。
『自分に同じ事が出来るだろうか』
ふとそんな事を考えて、膨大な時間の流れに飲み込まれそうな感覚を覚えてしまう。
しかしその時間の先に飼い主が待っていてくれるのだとしたら、仲間と共に耐えられるのではないか、そんな事も思うのであった。

「過去の資料を閲覧していると、しっぽやの歴史がわかってためになります
 化生は犬の方が多いようですね
 猫は化生せずに、猫として次の生を選ぶ者が多いのかもしれません
 だとすると、ここに居る猫の化生達は本当に特殊で貴重な存在です」
僕の言葉を黒谷と白久は頷きながら聞いている。
2人とも新参者である僕の意見を尊重してくれるのだ。
上下関係に厳しい犬でありながらも、人に準じる対人関係を選んだ彼らの姿勢が伺えた。

「皆さん、お茶にしませんか?
 ホットケーキミックスでお手軽カップケーキを焼いてきたんです
 チーズを入れて少し塩気を足してみたので、味見してください」
猫の化生のひろせが、控え室から顔を覗かせる。
「貴重な存在から、お茶のお誘いだ」
黒谷が悪戯っぽそうに笑うと
「チーズ入り、興味ありますね」
白久も微笑んだ。
「行きますか」
僕も笑って立ち上がると、黒谷と白久と共に控え室に入っていった。
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