しっぽや1(ワン)

□雅(みやび)な風〈1〉
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side<ARAKI>

今日は今年最後のしっぽやでのバイトの日だ。
この後暫くは白久に会えないけど、年が明けて直ぐ一緒に初詣に行くことになっていた。
その後には白久の部屋に泊まる楽しみも待っている。
今の俺はその日を楽しみに頑張っているようなものだった。

事務所に向かう途中で冷たい北風に吹かれ
「寒っ!」
っと声が出てしまう。
冬休みに入っているから私服なのだが、学校帰りに制服で歩いている時より寒い気がしていた。
『クリスマスプレゼントで白久に貰ったマフラーと手袋してるんだけど
 やっぱ、直に抱きしめてもらうのとは違うや』
どうしても本物の白久の温もりが恋しくなってしまった。
『白久が捜索に出てなければ、控え室でちょっとだけ温めてもらおうかな』
そんなことを考えると、自然と口角が上がってくる。
早く事務所に行きたくて、俺は早歩きで事務所に向かって行った。


コンコン

ノックしてドアを開けると、白久の出迎えは無い。
『捜索中か』
俺はがっかりしてしまった。
けれども暖かな事務所の空気に触れて、少し指先の強(こわ)ばりがマシになってくる。
気のせいか、事務所の中がいつもより暖かい。
『?今日の出勤は猫が多いのかな?』
室内を見回す俺に
「やあ荒木、寒い中ご苦労様
 仕事は温かい飲み物でも飲んで、一息付いてからで良いよ」
ソファーに座っている黒谷がそう声をかけてくれた。

「あ、うん、そうさせてもらうね」
いつも所長席にいる黒谷がソファーに座っているのは、誰かと話し込んでいたためのようである。
その相手を見て、俺は思わず息を飲んでしまった。
そこには、絵に描いたような美青年がいたのだ。
天使のようなフワフワの巻き毛は薄い茶色で、瞳は濃い目の茶色、赤い唇に白い肌。
育ちの良さそうな上品な微笑みを湛(たた)えた姿は日本人ではなく、外国の宗教画に出てくる人物のようにも見えた。
『この人、化生だ…
 煌(きら)びやかさが無いけど猫かな?
 ひろせも、おっとり美青年って感じだもんね』
そう推理するものの
『………
 猫種どころか長毛か短毛かすら分からない…猫プロとしてのプライドが崩れていく…
 俺の知らない猫種かミックスとかかな』
俺はつい、無遠慮にジロジロと眺め回してしまった。
しかし彼は不快そうな表情にはならず、逆に人懐こい瞳で俺のことを見つめ返してきた。

そんな俺達の態度に気が付いた黒谷が彼に頷きかけ
「ああ、彼は白久の飼い主だから化生の関係者だよ
 仲良くしてもらうと良い
 荒木、彼は新入りの『ふかや』
 暫くはシロや大麻生と組んで捜索に出てもらう予定なんだ
 直ぐに独り立ち出来ると思うけどね」
そう紹介してくれる。
『あれ?白久と組むってことは犬の捜索員?』
そんな疑問が浮かび、俺はまた彼を見つめてしまう。
「白久の飼い主?じゃあ、触っても良い人間?」
ふかやは嬉しそうな顔になりソファーから立ち上がった。
その姿を見て、俺の動きが止まる。
『え?え?何か、遠近感変じゃない?』
ふかやはその相貌に似合わず、俺が思っていたより遙かに大きかったのだ。

動きが止まっている俺にふかやは近寄ってくると
「初めまして、僕、スタンダードプードルのふかやです
 人間触るの久しぶり」
そう言って抱きついてきた。
白久とさして変わらない長身の彼の腕に、俺はすっぽりと入り込んでしまう。
図(はか)らずも、白久にしてもらおうと思っていた事をふかやとする格好になってしまった。
「スタンダードプードル?ふかやってプードルなの?」
俺にとってプードルのイメージは『ぬいぐるみ』って感じなので、彼の大きさにビックリする。
「やっぱり驚くよねー
 僕も初めて会ったときは驚いたよ
 プードルって、色んな大きさがあるんだってさ」
黒谷が悪戯っぽい顔で教えてくれた。

「ふかや、あんまり荒木にベタベタすると、シロに喉笛食い千切られるぞ」
ニヤニヤ笑う黒谷に言われ
「そっか、和犬って飼い主にはとことん忠実だもんね
 特に甲斐犬はワンマンズ・ドッグだから気を付けなきゃ
 こっちが危ないや
 せっかく化生したのに、食い殺されたらたまらないもん」
ふかやはハッとした顔になり俺から手を離した。
「ちょ、人聞きの悪いこと言わないでよ
 君が日野に危害を加えようとしなければ、大丈夫だって」
黒谷は焦ったように手を振っている。
「だいたい、うちにいる和犬は総じて平和主義者なんだよ
 新郷も犬のときはワンマンズ・ドッグ気味だったらしいけど、今じゃ愛想良いしさ」
そう言われても、ふかやは疑うような視線を黒谷に向けていた。

「ワンマンズ・ドッグ?」
俺が聞くと
「主人をひとりと定めて連れ添う犬のことをそう呼ぶんだ
 『一代一主』とも言うね
 新たな飼い主を求め化生した時点で、僕達はそれから外れてるけど」
黒谷は肩を竦めて苦笑してみせた。
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