しっぽや1(ワン)

□ペット探偵の人探し〈後編〉
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気配と臭気を辿りながら
『何か、加わった気がする』
自分はそう感じていた。
しかし、それが何であるのか具体的には判別出来なかった。

住宅街を暫く歩いていると
「川だ」
自分達は殆(ほとん)ど同時に川に気が付いた。
水のせせらぎが聞こえるような川ではなく、どんよりと濁った水が溜まっているような川であるものの生物の気配は多く感じられる。
この近辺の小動物達の憩いの場にはなっているようだ。
「まさか、落ちてないよな」
日野の何気ない呟きに、自分達はハッとして顔を見合わせた。
しかし気配を探っても緊迫したものは感じられず、水面はどこまでも穏やかであった。
「いいえ、乱れた気配はありません」
自分の言葉に、日野は安堵の表情を見せた。

程なく、街灯に照らされた橋の袂(たもと)にタケぽんとクッキーの姿が見えてくる。
「あいつらと同じとこ探してるって事は、的確に散歩コース辿ってるみたいだね
 大麻生はやっぱ凄いや
 黒谷も同じ事出来るのかなー」
考え込むような日野に
「和犬に対しては出来ると思いますよ
 今回はドイツ系の犬なので、自分の方が有利なだけです」
自分はそう告げる。
現に今もモヤッとした小さな気配を時折感じるが、形になる前に消えていってしまうため正体を掴みかねていた。

近付いて行く自分たちにタケぽんとクッキーが気が付いて、顔を向けてきた。
クッキーは何やら驚いた顔をしている。
「まだ見つかってないみたいだな
 俺達はまた別の方向を探してみるよ」
日野は2人にそう言うと、自分に先を行くよう促した。
確かに、同じ場所を2組で探すのも効率が悪い。
自分はまた気配を追って、日野と共にその場から立ち去った。


暫く歩くと日野のコートのポケットから小さな音楽が聞こえてきた。
「ごめん、黒谷からだ」
日野は歩きながらスマホを取り出して操作する。
「うん、まだ見つかってない
 え?もうこっちの駅に着いたの?
 地図見てクッキーの家に行ける?
 俺と大麻生は川に近い場所にいるんだ
 何て川だろ?名前がわかんないや
 せめてさっきの橋の名前、覚えとくんだった
 ん?どうしたの、黒谷?
 あ、うん、わかった、じゃあ」
通話を終了した日野に
「もう、こちらに来ているのですか?
 白久に後片づけを頼んで、急ぎこちらに駆けつけたのでしょう
 日野に、格好良いところを見せたいのですよ」
自分は微笑んで告げた。
「黒谷は、いつだって格好良いけどさ」
日野はモジモジと答え
「黒谷、前に学校でクッキーとは会ってるんだ
 それで心配してるみたい」
照れ隠しのように、そんな言葉を付け加えた。

「黒谷が来てくれるのは、頼もしいですよ
 ムスと礼二君の気配に何か小さなものが加わっている気がするのですが、自分には正体が特定できないのです
 彼なら判明出来るかも」
自分の言葉に、日野は少し驚いた顔を見せる。
「大麻生でも無理なのに、黒谷が?」
「相性はありますよ」
自分は苦笑した。
「とにかく、一端黒谷と合流しましょう
 2手に分かれるにしても、情報を共有してからの方が良いですから
 彼は日野の気配を辿ってこちらに向かって来れそうですか?」
「うん、俺の跡なら追えるって言ってた
 クッキーの家には行かないで、直接こっちに来るって
 でも、電話した方がわかりやすいかな
 さっきの通話切らなきゃ良かった
 何か、気になることがあるからかけ直す、って言われたんで切っちゃったけど」
日野は戸惑った顔を向けてくる。
「それならば、黒谷から連絡がくるまで、もう少し探してみましょう」
自分たちはまた、夜道を歩き出した。


川沿いを歩いていくと、住宅街から土手にたどり着いた。
夜風に乗ってかなり遠くから犬の鳴き声が微かに聞こえてくる。
日野はまだそれには気が付いていないようで、スマホの画面を気にしていた。
『あれは、ドーベルマンの鳴き声?ムス?
 とても緊張している
 飼い主を怪しい者から守ろうとする、威嚇と警戒の声だ』
それに気が付くとムスの緊張が自分にも伝染する。
「日野、ムスの気配をキャッチしました
 飼い主に危機が迫っているらしく、とても警戒しています
 危険な場面になるかも知れません
 日野はこちらにとどまり、黒谷と合流してください」
自分が日野に警告を発したタイミングで、彼のスマホから音楽が鳴り響いた。

「あっと、ちょっと待って」
日野は慌てながらスマホを操作する。
「黒谷、今、大麻生がムスの気配をキャッチしたって…
 え?何?犬の声がウルサくてよく聞こえない
 派遣?ああ、発見?何を?
 弟?誰の?クッキーの?って、あれ?」
日野がポカンとした顔で自分を見つめて
「黒谷、礼二君見つけたんだって」
呆然とした声で呟いた。

日野のスマホからは化生という化け物から飼い主を守ろうとする、ムスの勇ましい吠え声が響いてくるのであった。 
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